街が人をつくる


2016年になったと思ったらあっという間に3月に入ろうとしている。最近は、昼間に何気なく外を散歩すると、意識しなくても道を行く沢山の引っ越し業者のトラックが目に入るようになった。世間様は引っ越しシーズンに入ろうとしていると気づく瞬間である。

そんな私もご多分にもれず、引っ越しをすることになった。東京に出てきてからずっと棲みついているこの街からいよいよ出て行くので、正直、寂しさよりも期待の方が多いんだけれど。

東京に出てきてから、と言えば、「東京に出てから性格が変わった」と昔からの知人によく言われる。どう変わったのかと聞き返すとはっきりとした答えは返ってこないんだけど、明らかに変わったらしい。

今日は今までの自分の東京生活を少しだけ振り返ってみようと思う。せっかくだからこの街の事を振り返りながら。

  • お祭り騒ぎ

東京に出てくる頃の自分は、鬱屈とした、ジメジメとした東北の片田舎でずっと暮らしていたせいか、同じように鬱屈とした根暗で斜に構えた性格になっていたし、自分の性格のダメさは勝手に地元のせいだと思っていたから、そこから抜け出せたことが本当に嬉しかった。

初めてこの街に来た頃のことは不思議と今でもよく覚えていたりする。

最寄駅の階段を駆け上がり、駅構内から吹き上げるもわっとした風を浴びて外へ出ると、一気に「親の知らない僕の街」が目の前に広がっている。そこから、右へ曲がり、ゆったりとした坂道を登っていく。ひどくきついラーメン屋、雰囲気だけはおしゃれなカフェ、古本屋に銭湯、そんな匂いと空気をくぐり抜けたならあっという間に私の家に着く。

こんな風に書くと大層ロマンチックに聞こえるけれど、実際の所、最初からずっと騒がしい事だらけだった。この街は学生街という事もあって、もの静かなのは早朝くらいだけで、昼になれば大勢の人間で街はごった返していたし、夜になれば誰かしらが酔っ払って街で騒ぎ立てて、いつでもお祭り騒ぎだった。

街自体がそんな感じだから、そこに生活する人やお店も、独特な人が多かった。

駅近のカフェでいつも政治論や法学について大声で語り、論破して後輩くんを泣かせていた通称「イデオロギーくん」(彼は大学卒業後もあのカフェに舞い戻って後輩くんたちと盛り上がっているようだ)、同行した人間と同じメニュー、一括の注文で頼まないと嫌な顔をする定食屋の店主、明らかに客の前でビールサーバに鏡月を注いで、魚くさいビールを出す居酒屋、威勢の良すぎる呼び声とあまりにも濃厚な味付で僕らを夢中にしたラーメン屋、すごい数の雀荘(大抵雀荘の隣には消費者金融のお店があって、本当に業深さを感じさせていた)、本当に混然とした街だと思う。

そんな街で一緒に過ごした友達もかなりキワモノな人柄の奴が多かった。

イケメンなのにど変態レベルの腋フェチでいつでも腋三国志について語ってくれたY、好きになった女の子の声を毎回サンプリングして曲を使ってハイパーセルフプレジャーをしていたK、MOGAKUでも書いた、「概念飯」を教えてくれたR、酔っ払って俺のベッドのシーツを野原しんのすけばりのケツだけ歩きでビリビリにしたT、本の虫でいつも優しいけど、何故かいつも首が座っていなかったH、他にも本当に沢山のキワモノな友人がいて、彼らとずっと一緒にいた気がする。(他のエピソードはあまりにもアレなので、割愛します)

私の趣味の音楽繋がりで一緒にいた面々だけど、何故か濃い人たちばかりだった。騒がしいけどすごく楽しかったと思う。

  • 街が人を作る

思い出話もそこそこにしてしてしまおう。じゃあ「自分の性格はどう変わったのか」と聞かれたら、おそらくこの街の影響は強かったのではないかと思う。(何がどう変わったかはあえて言わないけど、お察し頂きたい。ちなみに私はベッドで酔っ払って他人の家のシーツをお尻で破いたりするような人間じゃない)

友人たちの直接的な影響は勿論あったけど、それ以前に、食事や娯楽、勿論部屋も含めた生活の在り方を規定しているんだから、そりゃあ色んなところで街と私には強い結びつきがあってもおかしくない。

もう一度言うけど、「街と人」は何かしらの結びつきがあるのだと思う。

私のように性格が街並みに染まっていく人もいれば、逆に反面教師的に街と反対の性格を持つ人もいると思う。でも田舎だから都会に出たいとか、家賃が安いから趣味に没頭できるとか、そういう話は割りと普遍的なテーマだとも思う。

勿論それは、「だからこそ地元を大切にしろ、とか良い街に住むべきだ」なんて事を言うつもりは毛頭ない。ただ、人が自分の根底を捉えなおす時、街との繋がりで考えてみると色々と発見があるかもしれない。

さて、引越しの準備もだいぶ進んできて、なんだか毎日そわそわしてしまう。

でも、新しい街との関係の中で、これから自分はどんな人間になるのか、少しだけ自分でも楽しみに思ったりしている。

短いけれど、今日はこのへんで。