怠けた気持ちのまま、前向きに生きていたい2016

 

1月よりMOGAKUで記事を書かせて頂く事になりましたmopp(モップ)です。今後宜しくお願いします。

  • 記事について

 他の方の記事を読み返すと、様々な分野の批評や、人生に役に立つような内容ばかりですが、私はそんな立派な内容を書けそうにもありませんので、内容は自由というお言葉に甘えて、私は私らしくゆるいエッセイを書いてやろうと思います。

あと、サムネ画像は全く関係ないです、思いつきませんでした・・・。

  • 地元の魅力

 さて、「1年のはじまりらしく気合の入ったものを書こう!!」と思っているものの、お正月という事で実家に帰省してからだらけてしまっているため、なかなかエンジンがかからない。

 東京に出てすぐの頃は地元に帰る度、昔懐かしい友人たちと毎晩騒いだものだが、それも時間が経つにつれ落ち着いてしまい、今では「帰省=実家でダラダラ過ごすもの」になっている。

 東京の友人たちからは、『帰省といえば、地元の友達と地元の名所に行ったり、地元の美味しいもの食べるもの』という、なんとも美しいイメージを持たれる事が多いのだが、実際これはどうなのだろう。

 正直、ものすごーくぶっちゃけた所、

多くの地域には主だった名産品や名所なんて特にないのではないだろうか。(だから、地元を離れ・・・ゴニョゴニョ・・・)

少なくとも私の地元はそうである。有名な食べ物も、名所も無い。だから帰省したってそもそも行きたい所なんてないのである。(あったとしても、何度も行けば飽きそうなものである)

 では、そんな私が実家に帰ってから何をしているのかといえば、『散歩』である。あてもなく1、2時間歩いたり、あるいは自転車でこぎ回っていると、ありふれた景色、空気や匂いが私たちを思い出の中に連れ戻していく。

走り回った通学路、成人向け雑誌の立ち読みを怒られたコンビニ、告白してフラれた公園、みんなで食べた高校近くの肉屋のチキンカツ、なけなしのお小遣いで本やCDを買い込んだブックオフ、そんな場所がけっこう特別だったりする。

地元の魅力なんてそんなもんである。

  • 「元カノはどうやったって美しい」現象

 しかーし!こんな美しい思い出話がしたいわけではない。

今思うと愛しく見えるそういった思い出の数々だって、当時はよく思っていなかったり、辛いものだったりする。「過去はどうやっても美化されている」というし、実際そんなものなんだろう。

昔、私のお世話になった先輩が、この「過去が思い出になってどうやっても美化される現象」『元カノはどうやっても美しい現象』と呼んでいた。いやはや全く脱帽する程のセンスで、感服してしまう。過去を振り返って「あの頃はよかった」と言う機会が増えるのもそのせいかもしれない。そしてきっとその現象の迷路から私たちは簡単に抜け出す事が出来ないものなのだ。

しかし、怠けものな私は考えてしまう、抜け出せないのなら、なんとかこの現象を上手く活かす事は出来ないか。

  • 前向きな気持ちで思い出のために生きていたい

 勿論、地元に帰って散歩をしたりして、思い出の足跡を辿る事は私も心が軽くなるし、意味があるとも思う。

 しかし、でも人間は思い出の内側に生きているわけではないし、学業や仕事がどれだけ辛くても、それでも明日はやってきちゃったりする。

ただ、辛くても楽しくても、それなりに全力で向き合っていた方が思い出としてより良いものになるのは間違いない事だと思う。

 目標や夢のような頑張る理由がある人もいれば、ない人もいる。それでもいつかは全て美しい思い出になるのなら、より良い将来の思い出のために目標なんて無くても全力で今を生きたって別にいいのではないかと思っている。

いよいよ、2016年が始まって、各所から頑張りたくない悲鳴が聞こえてくるが、将来振り返って最高の思い出にするためにも、年明けから全力で日々を過ごしてやりたいと思っている。

(画像やリンクのないそっけないものになってしまいましたが、年始らしい内容で、それなりにきれいにまとまっているでしょうかね・・・、次回からはもっとバシっとそれらしい書きます・・・)