守るために戦う!岩本佳浩マンガ!漫画版『マシュランボー』

漫画家、岩本佳浩の代表作といえばボンボンで連載されていた『ロックマンX』
主人公エックスが正義のために闘いながらも、その持てる力をどう扱うのか、悩み、苦しむ。その重厚な展開におマセなボンボンキッズは夢中になりました。

しかし残念ながらボンボンの路線変更でロックマンXは打ち切りになり、その後岩本センセイが任された企画は『闘神デビルマン』。ロックマンXは大人向けになりすぎたから打ち切りになったと言われていましたが、なぜかよりアダルト路線のデビルマンを任されるあたりに当時のボンボンが混乱していた様子が伺えます。
しかしそのデビルマンもコミックスが出ずに打ち切りに……。

そして次に任されたのが、今回ご紹介したい『マシュランボー』のコミカライズです。
東映のアニメ企画が原作のマシュランボーですが、ひとつ最初にお断りしておきたいのは、わたしはこのアニメ版はまったく見ていないということです。あくまで、「岩本佳浩作品として」このマシュランボーを語らせていただきます!マシュランボーファンのかた申し訳ありません!


「守る」と「戦い」の相剋

マシュランボーとは!
人間が滅びて三百年経った世界!地上は人工生命体マトリクサーに支配されていた!冷凍睡眠から目覚めたヒロイン・ヤクモと人類復興を目指し主人公たちは旅をする!
という作品です。

主人公マシュラをはじめとする三人組はヤクモを守るために一緒に旅をしているわけです。
はいここ!岩本ロックマンXをご存知のかたなら目を引くワードが出てきましたね!?
そう、「守る」です。
正義の味方は悪からみんなを守るために戦うのですが、岩本マンガではこの「守る」と「戦う」の狭間でうまれるドラマが見どころ!もちろんマシュランボーでも健在!

力を振るってくる悪にたいしてみんなを「守る」ためには、悪と同じく「力」を行使しないといけません。
これじゃあ悪と同じなんじゃないか!?ロックマンXでいうとさらにその力を自らと同じ「レプリロイド」に使わないといけないという哀しいジレンマがエックスを悩ませます。

マシュランボーでは、はじめ主人公マシュラはただ強い力へのあこがれしかありません。悩みません。そこにヤクモがただ力を使うことを戒める、慈愛の心を示すのです。マシュラはあまり深く理解はできないものの、ヤクモを思う気持ちで力を制御するようになります。
これはロックマンXではエックスがひとりで持っていた「力」と「優しさ」の機能をふたりに分けたものになっているといえるでしょう。
もちろん、「西遊記」がモチーフになっている以上ヤクモが「西行法師」で、やんちゃな「孫悟空」のマシュラを導くという役割にしているのでしょうが、それをしっかり岩本マンガのキモに落とし込んでいるのです!

20151201-01

 

「力」の暴走

強大な力にぶつかったとき、それをどう乗り越えるのか?
より強大な「力」を追い求めてしまい、怒り、暴走し、悪と同じ側に踏み込んでしまう、という流れはロックマンXから盛り込まれ、X3、X4で特に描かれてきました。

X3では鬼を滅ぼし、そして自分もともに滅びるために「鬼」になり。
そしてX4では「力」を追い求めアルティメットアーマーを装備し、圧倒的な力をもって敵を滅ぼす。

20151201-02右:ロックマンX4二巻ラストの衝撃。この引きで単行本続刊がなかったことも衝撃。

マシュランボーではどうでしょう?
第5話にてハチュウ類王リュウマの前に全滅のピンチとなるマシュラ一行。そこで力を欲するマシュラ。
しかし力への意思が暴走し、ブラックマシュランボーへと変身(ハイパーフォーム)し、ヤクモもろとも敵を攻撃してしまいます。

20151201-03右上のセリフみたいなボンボン特有のフォントありましたよね。

この求めた力は、いっときは敵を倒すことに役立ってくれますが、しかしその力は正義の力とはいえるのでしょうか?ここで手に入るのはただ相手を打ちのめし、破壊し、殺す力です。
この力はやがて自らも破滅させてしまうものです。新たな争いを産む元になってしまうでしょう。

では強すぎる「力」をどう乗り越えていくのか?力には力で対応するしかないのでしょうか?
その葛藤の中でたどり着く答えは、ロックマンXでもマシュランボーでも同じです。

そう、「心」です。

 

「心」を描く岩本マンガ

ロックマンXでは、キャラクターが「レプリロイド」、ロボットであることから、主人公エックスのみが持つ「心」が最後の武器として描かれてきました。エックスだけが涙を流すことができる、という設定はまさにそれを象徴するものです。
暴走し、戦いに敗れるエックスも、「心」という名のプログラムによって「奇跡」を起こして限界を超えた力を発揮し、勝利します。
相手の能力を使い、アーマーでパワーアップする。プログラムで決められた力以上は出せないはずのロボットが可能性を広げていくのはなぜか?それは「心」があるからなんだという説得力があるわけです。

その他にも「心」の代表的な例を挙げるとロックマンX3におけるバッファリオのエピソードでしょうか。
X3ではイレギュラー化する要因にドップラーウィルスが関係しており、自らの意志で人間に反旗を翻すというより、ウィルスによりイレギュラー化しているボスが数体いました。バッファリオもその中のひとりです。

エックスは元は心優しいバッファリオに対峙しながら熱く語りかけます。
「データに異常が起これば凶暴化する。俺達に『心』はないのかよ…」
「俺達はただの機械なのか?ちがうだろ?俺達はレプリロイドだっ。意志を持つ機械なんだ。考える『力』をもっているんだ」
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岩本ロックマンXのすべてが詰まっている名エピソード

このあとは無事バッファリオもウィルスから解き放たれるわけなんですが、このように岩本ロックマンXではX2においては「友情の心」、X3では「人間と機械の心」、X4では「信念の心」などさまざまな形の心が主題になって描かれるのです。

……すいませんロックマンXの話が長くなりました。

さて話を戻してマシュランボーでは?
前述したようにマシュランボー世界では唯一存在する人間のヤクモが、その「心」を受け持つキャラクターになっています。
そのヤクモの心は「思いやりの心」、悪い心をおさえられる心なんだと語られます。

その「心」を、マシュラが理解できたとき、マシュラはフェニックス・マシュラへと覚醒しました。
そして同時に「守るために戦うんだ」という境地にたどり着くのです。倒すために戦うのではなく、「守る」ために戦うんだという心です。

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エックスはケイン博士やゼロといった仲間はいたものの、基本的には孤独な戦いを強いられていましたが、マシュラはヤクモを始めとしてサーゴやクータル、この三人がいっしょに旅をしていたわけです。そのぶん「みんなと一緒にいたいという心」「みんなを信じる心」がプラスされ、ロックマンXのベースにあった「戦いの哀しみ」のような悲愴感はマイルドになっており、前向きな味付けに仕上がっているなと感じられます。
絵柄もロックマンXやデビルマンと違いコミカルなタッチになっており、あまり楽しい展開ではなかったらしいアニメ版と違い、完全なハッピーエンドで終わるということからも、より子どもに向けた明るい物語!というのを意識していたのは間違いないと思われます。

ロックマンXでは戦いが終わらずに成し遂げられなかった「共存」というテーマを、マシュランボーにおいてラストのハッピーエンドにてしっかり達成できている点もロックマンXからの岩本マンガの系譜という流れで見ると感動的な大団円といえるでしょう。
エピローグにてマシュラと人間ヤクモの間に子どもが産まれている、というところもロックマンX3ラストのケイン博士のセリフに見る岩本センセイから読者の子どもに向けたメッセージを更に強固にするものと見て良いのではないでしょうか!

20151201-06「心」から「魂」へ


漫画版マシュランボーはロックマンXと比べてシリアスさはマイルドにはなっていても、「守る」「力」「心」といった岩本マンガ要素はたっぷりと詰まった作品であるということがわかっていただけたでしょうか。
手に入れるのは若干手間が掛かりそうですが、氏のボンボン連載で唯一?打ち切りになっていない作品(原作アニメが打ち切りで、マンガも終盤かなり急展開なので実質打ち切りなんだろうか…?)なのでコミックスも最終話まで収まっています!
ぜひ手に取る機会があれば読んでいただきたい。

マシュランボーの話をすると見せかけて半分くらいロックマンXの話を書いたような気がしますが、漫画版マシュランボー全2巻!おすすめです。
たびたび引用したロックマンXは復刊もしたし入手しやすさでいうとさらにオススメだ!


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主にアニメとゲームとオカルト関連の記事を書きます。
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