アナーキー・イン・ザ・平安! この坊主がヤバイ! ~増賀編~

a0237937_23533970伝説ってみなさん好きですよね? 私は大好きです! 道を歩くとほら、伝説でいっぱい!
バカな大学生御用達のすた丼を見てごらんなさいよ! ほらね? 伝説の名を冠しているでしょ?

これです。これが大事なんです。
人は伝説にひきつけられるのです。

武道の達人たちが成し遂げた偉業。
勝負師たちが行った破天荒な行い。

いろいろありますが、宗教家も実はすごいのです。
というか、前時代においては宗教家の担う役割がとても大きく、学者、政治家、芸術家としてマルチに活躍していました。スターといっても過言ではありません。

今回はNo.1和製アナーキストである宗教家の増賀上人を紹介します!!!!

増賀上人のWikiはたいした記述がないので特に読む価値はない。
ので、簡単に説明します。


増賀(ぞうが)は平安中期の天台宗の僧侶です。増賀の父親は参議(宰相)であり、かな~り高位の貴族でした。今でいうところの省庁の長官あたりです。

平安仏教は貴族および政治に結びついており、貴族の息子はなにか意図があって出家することがありました。政争や謀殺を防ぐ、アンタッチャブルな環境である僧籍に身を置いて庇護してもらう、ゆくゆくは出世して政治の場に出る、などなどです。あの一休さんもそんな感じで出家しています。

増賀も十歳で出家し、比叡山で修行の日々を送ることになります。
若いながらにして徳の高い(徳の高さってどうやって測るんだ)秀才であった増賀は、いずれ名僧になるだろうと目されます。

『今昔物語』に幼少の増賀が発心し、出家に至るまでの話があります。

平たく言うと、
・生まれて間もなくして馬から落ちた増賀が、馬や牛に轢かれることなく無傷で生還。

・その晩、増賀の父親の夢枕に不思議な童が現れ「お前んところの息子、仏から生まれた子だよ。今日は俺たちが守護してやったからそこんとこよろしく」と告げる。

・時が経ち、四歳になった増賀が「出家して比叡山に登り、仏の教えを学びとう存じます……!」と、秀才丸出しのことを言い出す。

・その晩、増賀の母親の夢枕に尊い僧侶が現れて「この子は尊いお坊さんになるから。これ、前世から決まってることだからそこんとこよろしく」と告げる。

そんな紋切り型のありがた~い伝説とともに、比叡山のエリートコースをひた走る増賀でしたが、徐々に常軌を逸した行動を取るようになってきます。


増賀伝説序章

『発心集』『古事談』に記されているところによると、比叡山のエリート青年であった増賀が夜な夜な一人で外に出て、お堂で何かを行っているようでした。
不審に思った僧侶たちがこっそりお堂を覗くと、増賀が一心不乱に何かを唱えています。

「……たまえ。つきたまえ……」
なにを言っているんだと耳を澄ますと、どうやら「つきたまえ」と言っているようです。

つく、付く、憑く。

僧侶たちは「なんかヤバいもんを憑依させようとしてるんじゃねーだろうな?」とますます不安になります。
日に日に深夜の増賀のボルテージが高まっていきます。

「道心付きたまえ! 道心付きたまえ!」

増賀は道心(悟りに近づく志)が付くようにひたすら祈願していたのでした。
学友たちも「哀れなり」と冷笑します。

生まれながらのエリートであり、現在も本人の実力ですごいやつである増賀が、さらに常軌を逸した執念で求道しているんですよ? そりゃーおかしいですよ。
トップアイドルの嵐の櫻井翔(親は総務事務次官)が毎晩寺にこもって「俺を日本一のアイドルにしてくれ~、俺を日本一のアイドルにしてくれ~」と唱え続けているようなもんです。ヤバいでしょ?

そんな増賀のうわさが天皇の耳に入りました。
「殊勝な坊主もいるもんだね~、ここに呼んじゃおうよ!」ということになりました。
師匠が増賀に「天皇のとこ行ってきなよ」と薦めてきます。
が、増賀はこれを固辞し「もっと修行したいんで違う山に移って修行したいっス」と告げるのでした。

師匠は「まあまあ、そんなこと言わず、天皇のことは俺の方でどうにかしておくからさ、比叡山には残りなよ」と慰留するのでした。

ある晩、増賀が寝ているとお告げが来ました。

「増賀ちゃん、道心がほしかったら、自分の体を自分のものだと思わないほうがエエで。そしたら道心、めっちゃつくから」

増賀は悩んだ末に、結論を出します。
「あ、そっか。地位とか名誉とかがあるから、道心が付かねえんだ。こういうのがあると欲も出るし、日和っちゃうからな~。そういう気持ち(名利という)捨てちゃお」

その日から、増賀がさらに常軌を逸したふるまいを行うようになります。

比叡山には坊主のための給食センターみたいなところがあります。山の下の方で食事を作り、下っ端の坊主がそれを運んで山の上の偉い坊主に届けるわけです。

ある日、超エリートである増賀が給食センターに現れました。手にはきたない箱を持っています。そしてこう告げるのでした。
「そのメシ、ちょーだい」
比叡山ヒエラルキーのトップにあり、俗世の人の目に触れない聖なる存在である増賀です。にもかかわらず謎のきたない箱に飯を詰め込むと、人通りの多いところで下々の民と一緒に道端に座り込み、飯をがつがつ食べ始めました。

比叡山僧侶たちは増賀の前代未聞の行いに「なんだこいつ……。とうとう狂ったのかな」と思いました。


増賀伝説~飲み会でハッスル。そして、覚醒~

御斎会(みさいえ)という宮中の集まりがあります。
正月に天皇に招かれた偉~いお坊さんたちが「いやー今年も始まったね~。今年はどうしよっか~」などと話しながら飯を食う集まりです。一応、重要な儀式です。

偉い坊主たちがひとしきり会議をしたさいに残した料理は、庭に集めた乞食の群れに投げ込んで食わせます。これは、施しを与えるために行われる行為であり、当時は非常に良いこととされていました。

「じゃ、今年も御斎会おわりましたね~。じゃ、そろそろ残飯を乞食に投げますかね」

坊主たちが庭に集めた乞食めがけて、残飯を投げ落とします。

その瞬間でした。

増賀が走りだし、庭に飛び降りたのです。
そして乞食に交ざって残飯を食い始めました。

ガンダム大地に立つ。増賀伝説の始まりです。
僧侶たちもドン引き。っていうかめちゃくちゃ無礼!
増賀の行動の真意がわからなず、皆「とうとう狂ったな……」と思ったのでした。
というか、増賀が段階を経て異常な行動をしていっていることがお分かりでしょうか?

増賀は、権力権威を振りかざしている比叡山という閉ざされた世界に身を置き、本当に仏の教えを必要としている下々の民と自分の距離があまりにも離れていることに悩んでいたようにも見受けられます。
身分が違いすぎるのであれば、自ら降りていくしかない。そして、共生をする。増賀は、尊い人たちからは猥雑で穢れているとされた下界(リアル・ワールド)に身を投じたのでしょう。


?増賀伝説~全裸で比叡山から脱出~

増賀の中で「名利(名誉、権威欲)を捨てて道心つけよう」活動はまだ続いていました。
気が付くと増賀は、比叡山の中を全裸で過ごすようになっていました。全裸で道端に座り込み、下々の民とともに飯を手づかみで食う日々です。

かつてのエリートの姿はありません。現代でいうところの櫻井翔クンが全裸ですき屋に居るようなものです。

そんな増賀を気にかけていたのは師である良源(とてもすばらしい僧侶。ついでにおみくじの創始者)でした。

「増賀くんさあ、きちがいの振りしているけど、アレ、“名利”を捨てるためだろ? 俺分かってるんだぜ……。それとさ、前に比叡山から降りたいって言ってたけど、何もそこまでしなくていいじゃん。いいよ、好きな山に行って、修行してきなよ……。その前にちゃんと服でも着てさ……」

師が語りかけると増賀は叫びました。

「マジっすか!?
ちょーーーーーーーーーーーハッピー―――――――――――!!!!!

でもぉ~、まだまだ名利をを捨てきってないんで服は着ませ―――――――ん!!」

そのまま、増賀は走って山を降りて行きました(『撰集抄』では「あら楽しの身や。をうをう」と記されている。「をうをう」は雄叫び、奇声)。


?増賀伝説~セルアウト許すまじ? それとも祝福?~

増賀の師である良源が、大僧正として帝に召し抱えられることとなりました。
都は良源のパレードで大賑わい!
そんな中、パレードに乱入する一つの影がありました。

その男は汚い身なりで、やせ細った牝牛に乗り、鮭の干物を太刀に見立てて振り回していました。
ええそうです。増賀です。

「俺は良源の弟子だ!!
偉くなるってつらいよねーーーーーーーー!!!!!!
乞食はサイコーだよーーーーーーーー!!!!!!」

増賀は奇声を発し、鮭の干物を振り回し、練り歩きます。
師である良源にはその増賀のシャウトが「悲しきかな。わが師悪道に入りなんとす」と聞こえたそうです。

それを見た聴衆はやんややんやの大喝采!
ただ、訳の分からないもの、滑稽なものをみて笑ったのでしょう。
増賀は反体制の側から体制に組していく良源を批判したのか。
それとも、高貴になりゆくもの(良源)を俗世と結び付け共生の空間を作ろうとしたのか、見解は分かれます。


増賀伝説~天皇の嫁の前で脱糞~

月日は流れ、修行三昧の時期もすぎ、壮年になった増賀は僧侶として活躍していました。名利を捨てるために服を脱ぎ、異常な行動を取ればとるほど人気が出てしまいます。皮肉なものですね。

そんなある日、宮中から使いの者が来ます。
「天皇の后(きさき)が出家するので、儀式の方、よろしくお頼み申します」
弟子たちは「俺らの師匠はマジヤベえからな~、天皇の后なんか相手にしねえよ」などと思いながら、増賀に使いが来たことを告げます。
「それは尊いことです。わたくしでよければ、その大役をお引き受けいたします」

増賀はきれいな服を着て、身支度を整え始めました。
そして、后のいる宮殿に参上し、作法通り粛々と后の髪を切り、剃り上げていきます。
当時、仏門に入る行為はこの世から離れる、つまり死ぬことと同じような意味合いでした。宮中では后と親しかった貴族たちが涙を流しています。

儀式は終わりました。とうとう増賀も権力にすり寄り、Sell Outしてしまったのでしょうか。

「じゃ、儀式これでおわりね。
ところでさー后ちゃんさー、なんで俺を呼んだの? 
あっ、もしかして俺が巨根だってうわさを聞いたから? 
残念! 確かに昔はデカかった! でも今はもう、ふにゃふにゃなんだよね!!」

さめざめと泣いていた一同は絶句します。そして増賀は続けます。

「実はさ、今日はめちゃくちゃ体調が悪くて……
本当はこんなところに来たくなかったんだよね!

あっ! ヤバイヤバイ!! 出る! うんこ出る! うおおおおおお!!!!!」

増賀は廊下で尻を出すと、すさまじい勢いで下痢便をまき散らしました。

貴族たちは笑いそして罵り、僧侶たちは「なんでこんな奴呼んだんだよ!」と怒りました。

その下痢便発射音は天皇のところまで聞こえたそうです。

“しりをかかげて はんざふ※のくちより水をいだすやうに ひりちらす 音高くひること限りなし 御前まで聞ゆ わかき殿上人 わらいののしること おびただし 僧たちは「かかるものぐるひを召したること」と そしり申しけり” ??『宇治拾遺物語』

※さんざふ(半挿)img20120716215511566

しかし、この行為も「生きてるって素敵じゃん?」と伝えたかったに他ならないのではないかなと思っています。
身分の貴賤も関係なく飯を食べた比叡山時代。
そして出家、非出家(生者と死者)といった隔たりもなく全員の感情を爆発させた脱糞事件。

これらはすべて、世の人々に生の喜びをもたらし、ともに生きてゆくための増賀が行ったパフォーマンスなのではないでしょうか。


いかがだったでしょうか?

みなさん、増賀のことが気になってきましたね?

増賀ははっきり言って一介の聖職者、宗教家ではなく、パフォーマーでもあり、ロックスターでもあると思っています。
体制から反体制に、持つものから持たざる者に転身を遂げるという文脈の面白さ。増賀の異常な行動が、人々にもたらした複雑ではなく単純な感情の爆発の面白さ。

これをスターと言わずしてなんというのか。
こんな気持ちのいい男にもし、生きて会うことができたらいいのになと私はいつも思っています。

フィーバー吉崎(火曜担当)

サクセス本田とフィーバー吉崎

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時代劇が大好きな無職のサクセス本田。
都内を徘徊する無職のフィーバー吉崎。
二人で一つ。
藤子不二雄のような共同アカウントです。
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