又吉直樹「火花」芥川賞受賞!…とは特に関係の無い太宰治のギャグ文章について

祝!又吉直樹「火花」芥川賞受賞!!!!!!!!!!

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今回の話とはまったく関係ありません。

いやー又吉獲りましたね!芥川賞!めでたい!「火花」はどうやら144万部突破だそうです。すごい!めっちゃバズってる!あやかりたい!!!!!

ということで今日は、又吉直樹「火花」芥川賞受賞!とは特に関係の無い太宰治の話です。

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太宰治は皆さん当然ご存知だと思いますし、作品もいくらか読んだことがあるひとが多いかと思いますが、さて、どういうイメージをお持ちでしょうか。「走れメロス」の太宰?それとも「人間失格」?いやいや。有名作品はぶっちゃけ余所行きの袴をきているみたいなもんで、実はもっとふざけた文章をいっぱい書いてるんです…って知ってる人も多いでしょうけど、今日は改めて紹介するということでご理解ください。

もちろん上のような有名作品でも、太宰治の一種独特な諧謔というか、馬鹿っぽいギャグみたいなものは見受けられるとは思います(というか、走れメロスとか全編何かの冗談で書いてるんじゃないかとも読めますが)が、もっとひどい、わかりやすいものをいくつか引用して読んでもらおう、というのが今回の趣旨です。独断と偏見で4つ紹介します。


まずは軽い小噺みたいなものから。「美男子と煙草」。本編はまぁエッセイ的というか、小説かなんだかよくわからない不思議な文章ですが、最後に余談としてこんな話を残しています。

この時うつした写真を、あとで記者が持って来てくれた。笑い合っている写真と、それからもう一枚は、私が浮浪児たちの前にしゃがんで、ひとりの浮浪児の足をつかんでいる甚だ妙なポーズの写真であった。もしこれが後日、何か雑誌にでも掲載された場合、太宰はキザな奴だ、キリスト気取りで、あのヨハネ伝の弟子の足を洗ってやる仕草を真似していやがる、げえっ、というような誤解を招くおそれなしとしないので一言弁明するが、私はただはだしで歩いている子供の足の裏がどんなになっているのだろうという好奇心だけであんな恰好をしただけだ。
さらに一つ、笑い話を附け加えよう。その二枚の写真が届けられた時、私は女房を呼び、
「これが、上野の浮浪者だ。」
と教えてやったら、女房は真面目に、
「はあ、これが浮浪者ですか。」
と言い、つくづく写真を見ていたが、ふと私はその女房の見詰めている個所を見て驚き、
「お前は、何を感違いして見ているのだ。それは、おれだよ。お前の亭主じゃないか。浮浪者は、そっちの方だ。」
女房は生真面目過ぎる程の性格の所有者で、冗談など言える女ではないのである。本気に私の姿を浮浪者のそれと見誤ったらしい。

なんだそら。どんな話だ。でも奥さんの「はあ、これが浮浪者ですか。」とかいう台詞はちょっといい奥さんっぽくてぐっときますし、脱力感があっていいオチです。


続いて「富岳百景」。国語の教科書で読んだという人も多いかもしれませんが、実は教科書に載っているのは部分抜粋版で、どうしようもない話は結構省略されています。今回引用するのはその省略された部分のところ。

そこで飲んで、その夜の富士がよかつた。夜の十時ごろ、青年たちは、私ひとりを宿に残して、おのおの家へ帰つていつた。私は、眠れず、どてら姿で、外へ出てみた。おそろしく、明るい月夜だつた。富士が、よかつた。月光を受けて、青く透きとほるやうで、私は、狐に化かされてゐるやうな気がした。富士が、したたるやうに青いのだ。燐が燃えてゐるやうな感じだつた。鬼火。狐火。ほたる。すすき。葛の葉。私は、足のないやうな気持で、夜道を、まつすぐに歩いた。下駄の音だけが、自分のものでないやうに、他の生きもののやうに、からんころんからんころん、とても澄んで響く。そつと、振りむくと、富士がある。青く燃えて空に浮んでゐる。私は溜息をつく。維新の志士。鞍馬天狗。私は、自分を、それだと思つた。ちよつと気取つて、ふところ手して歩いた。ずゐぶん自分が、いい男のやうに思はれた。ずゐぶん歩いた。財布を落した。五十銭銀貨が二十枚くらゐはひつてゐたので、重すぎて、それで懐からするつと脱け落ちたのだらう。私は、不思議に平気だつた。金がなかつたら、御坂まで歩いてかへればいい。そのまま歩いた。ふと、いま来た路を、そのとほりに、もういちど歩けば、財布は在る、といふことに気がついた。懐手のまま、ぶらぶら引きかへした。富士。月夜。維新の志士。財布を落した。興あるロマンスだと思つた。財布は路のまんなかに光つてゐた。在るにきまつてゐる。私は、それを拾つて、宿へ帰つて、寝た。
富士に、化かされたのである。私は、あの夜、阿呆であつた。完全に、無意志であつた。あの夜のことを、いま思ひ出しても、へんに、だるい。

自分でも書いてますけどコイツ本当に阿呆なんじゃないかな?と思うような文章ですね。でもまぁ実際富岳百景は全体的に馬鹿っぽい部分が多くて、井伏鱒二が放屁なされたり、写真を撮れって言われてへどもどしたり、なんとなく可笑しい描写がよく見るとたくさんあります。習って知ってるだなんて思わずに、読み返すのも一興かもしれませんね。


まだ行きますよ。次は「男女同権」。これは傑作です。出てくる女性の悪口のすごいことすごいこと。「如是我聞」あたりを読むと太宰自身相当な悪口の使い手だったことがうかがい知れますが、作品になるともっとすごい。そして面白い。話の主人公はある片田舎に住む老詩人で、今まで自分がいかに女性から手ひどい目にあわされてきたかを滔滔としゃべり倒すという、それだけの話なんですが、めちゃめちゃ文章が冴えています。ラスト近くのくだりから。

それからも私は、いろんな女から手ひどい打撃を受けつづけてまいりまして、けれどもそれは無学の女だから、そのような思い切ったむごい仕打ちが出来るのか、と思うと、どうしてどうして、決してそういうものでなく、永く外国で勉強して来た女子大学の婆さん教授で、もうこのお方は先年物故なさいましたが、このお方のために私の或る詩集が、実に異様なくらい物凄い嘲罵を受け、私はしんそこから戦慄し、それからは、まったく一行の詩も書けなくなり、反駁したいにも、どうにも、その罵言は何の手加減も容赦も無く、私が小学校を卒業したばかりで何の学識も無いこと、詩はいよいよ下手くそを極めて読むに堪えないこと、東北の寒村などに生れた者には高貴優雅な詩など書けるわけは絶対に無いこと、あの顔を見よ、どだい詩人の顔でない、生活のだらしなさ、きたならしさ、卑怯未練、このような無学のルンペン詩人のうろついているうちは日本は決して文明国とは言えない、という実に一から十までそのとおりの事で、阿呆な子に向って、お前は家の足手まといになるから死ぬがよい、と言うほどのおそろしく的確なやっつけ方で、みも、ふたも無く、ダメなものはダメと一挙に圧殺の猛烈さでございまして、私はそのお方とは、いつか詩人の会でたったいちどちらと顔を合せた事があるくらいのもので、個人的な恩怨は何も無かった筈でございますのに、どうして私のようなあるか無きかの所謂ルンペン的存在のものを特に選んで槍玉に挙げたのでございましょうか、やっぱり永年外国で学問をして来て大学の教授などしていても、あのダメな男につけ込んでさんざん痛めつけるという女性特有の本能を持っているからなのでございましょうか、とにかく私はそのすさまじい文章を或る詩の雑誌で読み、がたがた震えまして、極度の恐怖感のため、へんな性慾倒錯のようなものを起し、その六十歳をすぎた、男子にも珍らしいくらいの大きないかめしい顔をしているお婆さんに、こんな電報を打ってしまって、いよいよ恥の上塗りを致しました。ナンジニ、セツプンヲオクル。

あの顔を見よ、どだい詩人の顔でない!このドライヴ感!しかもこれほとんど全部一気に一文で書いていて、にもかかわらず極めてテンポよくスムーズに読み進められるあたり、天性のセンスが感じられます。男女同権はわりと短いですけど全部こんな調子なので、上の引用で気に入った方はぜひ全編読んでみてください。


ハイ。文字量多くてキビシイですけど、そろそろ終わりにしますんでもう少しお付き合いください。最後は「津軽」。これはもう何も言わないので読んでください。

Sさんのお家へ行つて、その津軽人の本性を暴露した熱狂的な接待振りには、同じ津軽人の私でさへ少しめんくらつた。Sさんは、お家へはひるなり、たてつづけに奥さんに用事を言ひつけるのである。

「おい、東京のお客さんを連れて来たぞ。たうとう連れて来たぞ。これが、そのれいの太宰つて人なんだ。挨拶をせんかい。早く出て来て拝んだらよからう。ついでに、酒だ。いや、酒はもう飲んぢやつたんだ。リンゴ酒を持つて来い。なんだ、一升しか無いのか。少い! もう二升買つて来い。待て。その縁側にかけてある干鱈をむしつて、待て、それは金槌でたたいてやはらかくしてから、むしらなくちや駄目なものなんだ。待て、そんな手つきぢやいけない、僕がやる。干鱈をたたくには、こんな工合ひに、こんな工合ひに、あ、痛え、まあ、こんな工合ひだ。おい、醤油を持つて来い。干鱈には醤油をつけなくちや駄目だ。コツプが一つ、いや二つ足りない。早く持つて来い、待て、この茶飲茶碗でもいいか。さあ、乾盃、乾盃。おうい、もう二升買つて来い、待て、坊やを連れて来い。小説家になれるかどうか、太宰に見てもらふんだ。どうです、この頭の形は、こんなのを、鉢がひらいてゐるといふんでせう。あなたの頭の形に似てゐると思ふんですがね。しめたものです。おい、坊やをあつちへ連れて行け。うるさくてかなはない。お客さんの前に、こんな汚い子を連れて来るなんて、失敬ぢやないか。成金趣味だぞ。早くリンゴ酒を、もう二升。お客さんが逃げてしまふぢやないか。待て、お前はここにゐてサアヴイスをしろ。さあ、みんなにお酌。リンゴ酒は隣りのをばさんに頼んで買つて来てもらへ。をばさんは、砂糖をほしがつてゐたから少しわけてやれ。待て、をばさんにやつちやいかん。東京のお客さんに、うちの砂糖全部お土産に差し上げろ。いいか、忘れちやいけないよ。全部、差し上げろ。新聞紙で包んでそれから油紙で包んで紐でゆはへて差し上げろ。子供を泣かせちや、いかん。失敬ぢやないか。成金趣味だぞ。貴族つてのはそんなものぢやないんだ。待て。砂糖はお客さんがお帰りの時でいいんだつてば。音楽、音楽。レコードをはじめろ。シユーベルト、シヨパン、バツハ、なんでもいい。音楽を始めろ。待て。なんだ、それは、バツハか。やめろ。うるさくてかなはん。話も何も出来やしない。もつと静かなレコードを掛けろ、待て、食ふものが無くなつた。アンコーのフライを作れ。ソースがわが家の自慢と来てゐる。果してお客さんのお気に召すかどうか、待て、アンコーのフライとそれから、卵味噌のカヤキを差し上げろ。これは津軽で無ければ食へないものだ。さうだ。卵味噌だ。卵味噌に限る。卵味噌だ。卵味噌だ。」

いやーーーこの声に出して読みたい日本語!成金趣味だぞ!!!いやまぁこれ完全にパラノイアって言うか、ほんとに何言ってんのか全然わかんない人なんですけど、何故かどこか本当にこういう人いそうだなぁと思わせられるところが非常に恐ろしいですね。しかし面白いなぁ・・・。


いかがだったでしょうか。私も特に太宰を全部読み込んでいるとかではありませんし、ちらちら拾い読んで面白かったものをあげている程度なので、ここで紹介した文はまったく網羅的ではありません。お伽草子とかもかなり面白いらしいですが読んでないし。ただ、ここで少しあげた部分だけでも、太宰治の稀に見るギャグセンスははっきりとうかがい知ることができると思います。もしあなたが気に入ってくれたなら、青空文庫でもおおかたの作品は読めますし、ぜひ他の作品も読んでほしい。そしてもし他にもギャグを見つけたら、こっそり――いや、別にこっそりする必要はまったく無いですけど――教えてください。

というところでまた来週。


今日の文章は又吉直樹芥川賞受賞作「火花」とは全く関係の無い太宰治の紹介記事ですが、普段のMOGAKUは各種カルチャーに関するアツい記事が続々と寄稿されています。本とは違って無料です。Twitterアカウントで更新情報をチェック!@MOGAKU_blog

くろさわ

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労働の対価をだいたい飲料に費やす水飲み百姓。飲み物以外の話もときどきします。
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