等身大の男たちの物語 『必殺必中仕事屋稼業』(’75) 

下記の記事を読んで、インピーチなるドラムのパターンが広く影響を与えていることを初めて知った。

せっかくなので、ぜひ元の記事も読んでほしい。

オタク・インピーチを見つけよう!~HIPHOP最重要ドラムパターンとアニソン・ゲーソン・声優ソング~


はい、みなさん読みましたか?

原曲の『Impeach The President』(’72)を聴いてすぐに「あっ! これによく似たものを知っているぞ!」とピンときたわけである。

そう、『必殺必中仕事屋稼業』(’75)である。

o@iuniouoiunoiuno

とりあえず40秒足らずの、この動画を見てほしい。

必殺必中仕事屋稼業OP

最高にかっこいいと思う。時代劇のOPとしては、はっきり言って異質である。

 

じつはこの『必殺必中仕事屋稼業』は、必殺シリーズで最も洗練された作品であり、最もスリリングな作品であり、つまるところ、必殺シリーズで最も面白い作品と言っても過言ではない。なぜそう思ったのかは、後述する。

はっきりと言っておきたいことがある。

この記事を書いたのはほかでもない。一人でも多くの人に『必殺必中仕事屋稼業』(以下、「仕事屋」)を見てもらいたいからである。
時代劇に興味がなくても、必殺シリーズに疎くても、問題ない。絶対に楽しめる。誰が見ても面白いはずだ。

しかし、この「仕事屋」、DVDのレンタルはなく、DVDBOXをそろえようとするとプレミア値が付いており、8万円もしてしまう。
バラ売りのDVDをどうにか買ってそろえても4万円ほどかかる(バラ売りは特典映像や解説書が付いていないのであまり価値はないと思うが……)。

まず、「仕事屋」を気軽に見ることは不可能なのだ。

 と こ ろ が

実はテレビ埼玉で「仕事屋」の再放送が7/8から始まる。

テレビ埼玉番組表


・What’s 『必殺必中仕事屋稼業』?

onpuinoiuybuioybuiby

まず、作品の成り立ちから簡単に説明する。

「仕事屋」は必殺シリーズの5作目(『必殺仕事人』は15作目)である。
『必殺仕掛人』→『必殺仕置人』→『助け人走る』→『暗闇仕留人』、そして『必殺必中仕事屋稼業』の順で放映された。

『助け人走る』と『暗闇仕留人』には「必殺」の名が冠されていないが、これには訳がある。

『必殺仕置人』放送中に、同作品に影響されたとみなされた殺人事件が起こり、世間から必殺シリーズへのバッシングが起きてしまったのである(実はまったくの誤解だった)。

これにより、必殺シリーズのタイトルから「必殺」が二文字が消えてしまった。
『助け人走る』、『暗闇仕留人』の二作品を経て、スタッフは禊ぎが済んだとみなし、「仕事屋」で「必殺」の二文字を復活させたのだ。

必殺の文字を復活させた「仕事屋」の主演は緒形拳である。
緒形拳は一作目の『必殺仕掛人』の主演であり、必殺シリーズの顔と言っても過言ではなかった。その緒形拳を再び起用するのだから、スタッフの力の入れようがわかる。

そして、この「仕事屋」、放送局が途中で変わるという珍事も起きてしまう。いわゆる「腸捻転問題」である。

実は「仕事屋」は必殺シリーズ歴代最高視聴率を記録している。

hpoiobouyuyibvb緒形拳は必殺シリーズに出るたびに頭髪が長くなっていく(坊主頭→角刈り→ショートヘア→ロン毛)

それが、腸捻転問題により視聴率が東京では19%から11%に、大阪ではなんと、28%から12%に下がってしまう(DVDBOX 解説書より)。

そこで放送局の変更後は下がった視聴率を取り戻すため、制作スタッフはさらに力を入れて作品作りに取り組んだという。

「仕事屋」の放送から40年経った現在のファンからすれば、うれしい限りだ。

 


・円熟の極みに達した映像美

iubouiybuybui

この画像は別に話の本筋にかかわらない端役である。
にもかかわらずこの光と影の強調された映像と、大胆に物を手前において体の一部を隠してしまうレイアウトを使っていく。

明るくきれいで簡潔で見やすくて清潔。私はそんな映像が魅力的ではないと考えている。

思うに、一部が隠されることで想像力を働かせることができるから魅力的に映るのだと思う。
ライトをバシバシ当てたフルHDのアダルトビデオよりも、なんだか薄暗くて不明瞭な個人のハメ撮りのほうがエロいと思っている。
スッポンポンよりもチラリズムのほうが断然いい。

「仕事屋」はこの手法を最大限に使っている。

画面を見て「誰と喋っているのだろう?」「何が起きているのだろう?」といった気分になる。
一瞬、それがわからなくなり、その後一瞬で何が起きているかがちゃんと把握できるような、そんな絶妙な映像ができている。

iopuouibuoybiu会話をする二人のキャラクターを大胆に机と長椅子の間から撮る。画面上半分は机で隠れ、下半分は長椅子で隠れている。

 

ibouybuoybouiy続いて賭場のシーン。手前の人物で画面が覆われ、隙間を縫うようにしてもう一人のキャラクターの目だけが出ている。
目だけ出している奥のキャラクターの顔の下半分が隠れていることから、対峙する二人のうち、奥のキャラクターのほうが前のめりに顔を突き出していることがわかる。

 

このように、会話をするだけの静の動作ではまず、キャラクターの全身を映すことはおろか、顔全体が映ることすら稀である。
目の演技、あるいは役者の声、BGM、間など、すべてを使ってその場に沿った芝居をする。

 

pouinpiunoiun斬り合いをする殺し屋二人。完全に動のシーンだが、手前に大木を配置することによって全身を映さないチラリズムを使っている。
大木の中から、徐々にもう一人の殺し屋が出てくる。

殺し屋二人が露わになり決着がつく瞬間を、視聴者は待ち望む。

o@npiouniopunio次の瞬間、動きが起きた。二人の位置が入れ替わる。
今まで露わになっていた殺し屋が、今度は大木に隠れてしまった。
二人の力量は拮抗しており、戦いは一進一退であることがわかる。

 

この息をのむ緊張感は白眉の出来だ。

 

全編通してこういったことがなされている。
これほどよく練られた画面作りが行われている時代劇は、まず早々ないだろう。

 


・脂肪をそぎ落とした物語の組み立て方

iubviutyviytvuiy今作の主役殺し屋、政吉(左)と半兵衛(右)

必殺シリーズは殺し屋の物語である。当たり前だが、殺し屋が出ていない必殺シリーズは存在しない。
殺しのプロフェッショナルの仕事を見て楽しむのに加え、「許せぬ悪を消す」といったテーマが仕組まれている。勧善懲悪要素である。

勧善懲悪要素に重きが置かれるほかの必殺シリーズでは、ひたすらに悪党に虐げられる弱者が画面に描かれ、やがて悲惨な最期を迎える。
そして義憤に駆られた主役=殺し屋が腰を上げ、正義の執行者として殺人を行うのである。

言い方は悪いが、シリーズが進むにつれて何でもできてしまう気まぐれなスーパーマン(殺し屋)が傍観者を決め込み、最後にやる気(人を殺す気)になるかどうかという話になってしまうのだ。
殺人の依頼もとくにない。というか人を殺してお金をもらうためにやっている感覚がどんどん薄れていく。
もっというなら、悪を消すには主人公はその上を行く悪になる、主人公も決して善玉ではないという要素があるのだが、それもどんどん形骸化していく。

 

私は上記のフォーマットについて、それはそれでスカッとするし、情に訴えかけるつくりになっていていいと思っている。

しかし、この「仕事屋」では最初にまず依頼ありきで物語が始まる。べつに非情に徹した殺し屋の物語ではない(登場する仕事屋には人情味がある)。

なにせ、主役の殺し屋二人がそんなに強くないのである(あくまで歴代の殺し屋と比べて)。

iunbolybuiob

ボコられて青タンを作る主人公・半兵衛(左)。ちなみに、右はオカマの岡っ引き・源五郎だ。のちの必殺シリーズに出てくるオカマのコメディリリーフのひな形である。

 

 

この二人が知恵を振り絞り、あるいはクソ度胸を発揮して事件にぶつかっていく姿が作中で描かれる。
相手を調べ、尾行し、逃げられ、やっと居場所を見つけたらまた障害があり……。
敵の反撃を受け、傷を負うことさえある。

冴えわたる剣技もなければ、敵をひねりつぶす怪力もない。きらびやかな衣装をまとって暗殺術を駆使するわけでもない。

彼らの武器はカミソリと短刀だけだ。
武芸の心得もなければ、闇夜に溶け込み江戸の街を自由自在に駆け回ることもできない。大見得を切って敵と正面からぶつかることはまず、できない。

 

通常の必殺シリーズだと殺し屋が3人、多いときは5人以上いる。
そういう場合は毎回一人一人の殺し屋(キャラクター)にスポットライトが当たることはない。
どうしてもスポットライトの当たらない空気のような登場人物が出てしまう。
そして、物語はとっ散らかりぶよぶよと弛緩したものになってしまう。

「仕事屋」では半兵衛と政吉の二人が元締めから指示を出され、失敗をし、悩み、相談をし、殺しまでの段取を付けて実際に殺しの現場に向かう姿に視聴者の目が集まりやすいつくりになっている。
視聴者のピントが二人に絞られ、最後に本懐を成し遂げる快感が蓄積されていくのである。

 

そして何より、二人の掛け合いが最高に面白い。バディもののドラマとして見ても楽しめるだろう。

onpiounionoin


 

・テーマは“博打”

 

もう一つ、「仕事屋」を構成する要素を付け加えると「博打」だ。
「博打」が作品に大きな面白さをもたらしている。

ibuoiybuibiubiu

大江戸ポーカー対決回は伝説だ。殺しを行わず、博打で仕事を行う

主役の半兵衛と政吉は博打狂いである。博打が好きすぎて、自分の身の振り方も博打で決めてしまう。人を殺すか殺さないかを博打で決めることもある。

 

たとえば……。
街で男女の二人連れを尾行する半兵衛と政吉。男女は別々の方向に歩き出す。
どちらかが男の尾行をし、またどちらかは女の尾行を続けなければならない。
おもむろに、二人はわき毛を抜く。
「長いほうが女だ」
二人は互いに、抜いた己のわき毛の長さを比べる。
「女だ」
わき毛長さ対決に勝った政吉は肩をゆすりながら意気揚々と女の尾行を始める。
といった具合である。

 

「勝つか負けるか博打じみた行動を挑んでも主人公だから毎回勝ちました」なんてことはない。不利な勝負を挑んで窮地に立たされることもザラである。

その緊張感がさらに作品に視聴者を引き込んでくれる。

 


・殺し屋の業。その集大成。

「仕事屋」の前作である『暗闇仕留人』では、必殺シリーズ初の「苦悩する殺し屋」が登場した。苦悩する殺し屋は同時に、破滅する殺し屋でもあった。

4086444eea732f512ec05a1b2c40b31f

苦悩する殺し屋・糸井貢(石坂浩二)超イケメン

 

人を殺して金をもらう仕事をしていたらそりゃどこかおかしくなるし、いずれ破滅するしかない。
前期必殺はそういうテーマを内包している。それが色濃く出るのは残念ながら序盤のシリーズだけだ。
『暗闇仕留人』の糸井貢は蘭学者であるために、幕府から追われ、殺し屋に身をやつす。
やがて殺し屋同士の抗争で嫁は殺されてしまう。心の支えである家庭を失った糸井貢は「蘭学で培った知識や広い視野を生かすことがもうできない。自分は一生表舞台に出ることはできない」と悟ってしまうわけである。

 

糸井はインテリでヒューマニストでデリカシーの塊のようなキャラクターだった。殺しの日々に埋没することができなかった。

「俺たちは今まで何をしてきたんだ? 世の中動いてる。この川だってオランダやアメリカや、イギリスの都ロンドンのテームズ川にだって繋がってるんだ」 

「もう少し考えてみたい。俺たちはいったいなんのために生きてるのか、なんのために今まで人殺しをしてきたのか」

「だから俺たちは何をしたかって言ってるんだ。人を殺して少しでも世の中が良くなったか? 俺たちに殺られた奴らにだって、妻や子がいたかも知れないし、好きな奴があったかも知れないんだ」

糸井貢は気も弱まり、殺害対象に反撃されて死んでいった。

 

一方、必殺シリーズの代表である中村主水はどうだろうか。
d69811d0
主水は上記の糸井貢の問いかけに何も答えられなかった。

家族に殺し屋だとバレることもなければ、江戸から追放されることもない。
製作者の庇護を受け、命を燃やすこともできない。
『必殺仕置屋稼業』のラストで「死ぬまでこの稼業続けなはれ」と仲間に言われた言葉だけでそのまま数十年必殺シリーズに出ていたように見える。
人気があるから死ぬこともできない(一回死んだけど何の説明もなく蘇生した)。
そんなシリーズを重ねるほど客寄せパンダじみてくる中村主水を見ていると少し悲しくなる。
「仕事屋」に話を戻す。

pinbouiybiubiu
半兵衛と政吉と仕事屋の元締め・せい、その手下の利助。
この4人のチームがどのように終わりを迎えるのかが、この作品の山場だ。

「仕事屋」の半兵衛と政吉はインテリでもないし、気を病むほどの繊細さはない。
糸井貢は正直、自殺同前の最後だった。

この仕事屋チームが殺し屋としての宿命にどう立ち向かって、どんな結末を迎えるのだろうか。

4人が4人それぞれの結末を迎える。

それは、4人それぞれが今までの殺し屋の迎えた儚くも美しいバッドエンドを踏襲し、昇華しているようだ。

そして死を選ぶ以外の殺し屋の回答が、最終話で出てくる。

ぜひ、『必殺必中仕事屋稼業』を見てほしい。

ounhouiynbuioybui

火曜担当 サクセス本田

サクセス本田とフィーバー吉崎

サクセス本田とフィーバー吉崎

時代劇が大好きな無職のサクセス本田。
都内を徘徊する無職のフィーバー吉崎。
二人で一つ。
藤子不二雄のような共同アカウントです。
サクセス本田とフィーバー吉崎