思春期×深夜アニメ

  

思春期(特に中学生頃)に観る深夜アニメ!これほど背徳的で、耽美で、刺激的で、カオスで、ドラマチックなものがあろうか。若い頃から道を外れたダメなオタクなら誰もが通る道、それが夜中に親の目を忍んで深夜に(あるいはこっそり録画して)アニメを観るという行為。今回はもう大して書くこともないのでノスタルジー全開の思い出話です。ごめんなさい。まったく読まなくて良いです。

はっきり言って「思春期にこっそり観る深夜アニメ」「大人になって時間も余裕があり堂々と観る深夜アニメ」は全く別物です。例え全く同一の作品でも、観た時期によってそれは全く別の物になるのです。それがノスタルジーだの思い出補正だのだとしても違う物は違うのです。

深夜アニメというものが割と世間に広まり、またBS放送やニコニコ動画などにより地方でも割と色々な深夜アニメが観られる今と違い10年ほど前の地方(僕の場合は九州)におけるアニオタは非常に厳しい環境に置かれていました。田舎のしょぼくれたオタクだった僕も「シャナもFateもひぐらしも放送圏外じゃねか!ふざけんなTVQ(福岡のテレ東)!」と深夜アニメ飢饉っぷりに息を荒げて怒り狂ったりしていましたが、そのくらい地方オタクは虐げられていたと言ってもいいです。

しかしそんなしょぼ田舎で放送をリアルタイムで観て以来、ある種特別な思い出となったアニメがあります。それがかの有名な『涼宮ハルヒの憂鬱』でした。

実は『涼宮ハルヒ』自体はアニメ放送前から知っていて、たまたま書店で「角川大賞受賞!」的な帯と表紙の可愛い女の子に惹かれて買って読んで、その面白さとキャラクターの良さからすっかりハマっていたのです(人生初ラノベでした)。で、そんな『涼宮ハルヒ』のアニメがどうもあるらしいぞと聞いて「観ないわけにはイカんでしょ」と謎の使命感に駆られたりしたわけです。

…が、初回放送日にテレビ欄を確認したところ「放送時間おそっ!」と仰天。我が家の新聞のテレビ欄の、確か深夜2時とか3時あたり小さく「新ハルヒ」とか書かれていて、流石にこんな時間まで起きてられねぇよ…どうしよ…と、ここまで考えたところでテレビの下のビデオデッキを活用するという天才的発想に至りました。ちなみにHDDレコーダーではありません。ビデオデッキです。

とはいえこんな時間に何を録画しているんだと親に勘ぐられると面倒なのでこっそりと手動で時間やチャンネルを入力して録画予約をし、後は野球の延長で放送が遅れない事を祈り、その日は「明日俺は涼宮ハルヒのアニメを観られるんだ」という変な興奮とともに就寝。

そして次の日の夜、居間の隣のテレビとビデオデッキのある部屋で親の目を気にしつつ録画しておいたビデオを確認しました。

「……?!??!」

凄まじいショックを受けました。その時の僕は歌に初めて触れたゼントラーディみたいになったのです。

唐突にとんでもない電波ソング(朝比奈みくるのあれ)が「み、み、みらくる♪」と流れ始め、なんか手撮り風の映像とともに『朝比奈みくるの冒険』というタイトルロゴがどーーーん…いやいや、確かに朝比奈みくるの冒険のエピソードは確かに原作にもあった。しかしなぜ1話でそれを?どゆこと?と疑問符だらけのまま30分が終了。最後にやっとメインヒロインのハルヒが登場しおわり。

  
ハッキリ言って、あの1話目の衝撃は当時リアルタイムで観ていた人にしかわからないと言いたいです。ハルヒのアニメを後追いで観た人は幾らでもいるだろうけど、あの1話を、リアムタイムで、しかも原作を読んだ上で観られた事は僕のオタク人生でも非常に強い経験となりました。その後もハルヒアニメを追っかけて観てましたが、その時の毎週新しい話を追いかける興奮とか野球の延長で予約に失敗して1、2話観られなかった経験とか全てがリアルで最高でした。

つ、ま、り、何が言いたいかってそういうピュアで背徳的な経験はもう大人になってからじゃ経験出来ないのです。堂々と「プリキュア」や「アイカツ」といった女児アニメにどっぷり浸かっている身にはもう再び経験する事はないでしょう(今は今でアニメを楽しんでますが)。

こっそり深夜にアニメを観る、あの特有の胸の高鳴りを経験したオタクは大人になっても大抵ダメダメな大人オタクになりがちですが、とはいえそれでも他には変え難い最高の経験ではないでしょうか。

というわけでまったく纏まりもないまま終了です。おつかー。

K.すみす

K.すみす

白とチーズとペンギンと音楽と野球
K.すみす