「ぼくと魔女式アポカリプス」と水瀬葉月と創作の人生について

こんばんは。水曜かそりんです。

今日は「ぼくと魔女式アポカリプス」という本と、その作者水瀬葉月氏と、創作を生業とする人生についてです。


「ぼくと魔女式アポカリプス」(以下魔女カリ)は、2006年から翌年にかけて電撃文庫から出版されたライトノベルシリーズです。著者は水瀬葉月。最近だとアニメ「Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ」の脚本を同じくライトノベル新人賞出身の井上堅二(バカテスの人です)とコンビで手がけています。

魔女カリは水瀬葉月先生がデビュー作「結界師のフーガ」シリーズを3冊で終えた(打ち切られた)次に新シリーズとして書いた本でして、ライトノベルに限らず作家が前作の打ち切りの次に書くシリーズといったらそれはそれはものすごいプレッシャーがかかるものです。大げさな話ではなく、今後の作家活動を左右する重要な局面です。そのプレッシャーで一年ほど続いた奇行は魔女カリのあとがきに本人が書いてしまうほどでした。以下引用。

『夜中に突然笑いが止まらなくなる。あまりに未来が不安すぎて心臓の動悸が三日間くらい続く。なぜか冷蔵庫の中からテレビのリモコンを発見。枕と布団に百烈拳、筋肉痛に。何をしていいのかわからなくなった結果、凄まじい量の没原稿を生産する。部屋で一人、PCに向かってふかわりょうのマネ。「ティン!」とか。無論一人で。ポケットに入れたままのデジカメを洗濯機で水洗い。無事だったスゲェ。』(一巻あとがき)

あらすじです。昔々に滅びた魔術種(ドルイド、ウィッチ、ヴァンパイアなど)が復活を遂げるため、現代の人間を使って代理戦争を繰り広げる…みたいな本です。ざっくりですが。程度の差はありますが、創作には何かと作者自身が投影されるものです。魔女カリについても同様で、水瀬氏のドン詰まりだった当時の状況や未来の見えなさがその破滅的な設定にも表れています。一巻の途中で明かされる話ではありますが、魔術種の代理人として選ばれた人間「代替魔術師(ポステリオルマギス)」に、希望に満ちた未来はありません。代替魔術師は魔術種復活の駒として使われる契約関係にあり、さらに主人公とヒロインは別々の魔術種の代替魔術師に選ばれるため、いずれは争い合うことが運命づけられています。この主人公とヒロインの関係については、水瀬氏本人がFate/stay nightを自分の人生でTOP10に入るゲームだとツイートしていますし、その影響もあったのかな思います。(stay night発売と水瀬氏デビューが同じ2004年)

今回の記事は、実を言うと魔女カリという作品自体の話ではなく、魔女カリ時代の精神的にどん詰まりだった水瀬氏が現在も創作の分野で生き残り作家活動を続けているという事実を、MOGAKU的に考えてみようという話です。(ホントは魔女カリを読んだ人とSkypeして終わりにしたいんですけど、ここは明るくもがくブログマガジンだというのを最近自覚しています)

とりあえずこちら、水瀬氏のHPです。Profileのページを御覧ください。
・2004年4月、受賞作を改題、改稿した「結界師のフーガ」発売。
大学院修士で卒業しているようなので25歳ぐらいでしょうか。ゲーム会社の内定に狂喜乱舞したのも束の間。
・2004年7月、モロモロあって会社を辞める。
これ多分3ヶ月で辞めてますね。かなり力強いムーブです。ライトノベルレーベルから本を一冊出した新卒が会社を辞める。「モロモロ」が何なのかは明らかにされていませんが、安定した職業を失ったことにより将来の見通しが悪くなったのは確実でしょう。
・2004年8月、「結界師のフーガ②龍骸の楽園」発売。
・2005年1月、「結界師のフーガ③見えない棘の家族」発売。
・2006年2月、「ぼくと魔女式アポカリプス」発売。
・2007年1月、「ぼくと魔女式アポカリプス2」発売。
・2007年6月、「ぼくと魔女式アポカリプス3」発売。

この辺りの刊行間隔と魔女カリ1のあとがきを併せると水瀬氏の苦境が想像できます。ライトノベル専業作家で収入がそれしかない場合、よほど有名作家でも無い限り年3冊か4冊は出さないとマトモに生活ができません。というかそのぐらい出しても厳しいようです。1冊700円の本が1万部売れて10%が取り分だとしても70万円、それを年4冊出して280万円です。1万部はおそらく出ないであろう新人作家である水瀬氏がドン底のまま新作もなかなか出せずにもがいている数年を想像すると恐ろしいですね。

ライトノベルについて作品外の事情を含めて解釈をするのはあまり褒められたものではありませんが、「専業作家の将来の不透明さ」「作家と編集者の関係」をそのまま作中の「代替魔術師の未来の不透明さ」「代替魔術師と魔術種の関係」にあてはめてもよいかもしれません。現実での問題を創作上で解決するということは様々なジャンルでよく行われてきましたし、(ヘルシングではロンドンがメチャメチャにされましたね)創作をするにあたって自分の内的な世界を作品中に再現することは、その作品の受け手の共感を呼ぶにあたって時にとても有効な手段となります。もちろん僕も共感したひとりです。

・2007年9月、「C3-シーキューブ-」発売。
・2008年1月、「C3-シーキューブ-Ⅱ」発売。
・2008年4月、「C3-シーキューブ-Ⅲ」発売。
・2008年8月、「C3-シーキューブ-Ⅳ」発売。
・2008年12月、「C3-シーキューブ-Ⅴ」発売。
・2009年3月、「C3-シーキューブ-Ⅵ」発売。
・2009年7月、「C3-シーキューブ-Ⅶ」発売。
・2009年11月、「C3-シーキューブ-Ⅷ」発売。

2007年に開始したC3シリーズは非常に安定したペースで刊行され、このあたりで中堅作家としてのポジションを確立しました。(ライトノベルではこのぐらいで中堅…だと思います)
魔女カリが「破滅に向かう物語」だったのに対して、C3は「再生に向かう物語」です。血塗られた過去により人間のような意志と肉体を持つに至った道具達が、その過去にそれぞれの方法で向き合っていくというシリーズでして、水瀬氏の作家生活もそれと同調するかのように非常に安定していきました。(少なくとも刊行ペースとシリーズ続刊から判断するに)このあたりの水瀬氏については本当に良かったといちファンとして思います。作風は正直魔女カリが好みですが。

水瀬氏と同期デビューの作家についても少し書いておきます。
有川浩:言うまでもなく有名作家ですね。図書館戦争の人です。
芝村仁:我が家のお稲荷さま。シリーズの人。最近はMW文庫に活動の場を移しているようです。
雨宮諒:シゴフミの人。2013年を最後に新作刊行がありません。
沖田雅:オオカミさんシリーズの人。同上。

現在も作家活動を続けている方に共通しているのが、ライトノベル以外のフィールドでも仕事をしていることです。アニメ脚本や一般文芸など、より広いターゲットに向けた仕事を手がけることで作家としての寿命が伸びるのでしょう。

MOGAKU読者にも創作を志す方がいると思いますが、同時に10年後20年後の自分を想像して押しつぶされそうな時があると思います。で、そういう時に大事になってくる重要なファクターが魔女カリのあとがきに書かれています。上に引用した部分の続きです。

『あまりの鬱っぷりを見かねた有沢まみず様に心配の電話をいただく(救われましたマジで。)』

ハイ。すごく陳腐な話になりますが、似た状況の人とつながっていることがものすごく大事です。創造的な人生をおくるための孤独、みたいな考え方もまあ良いでしょうが自分で自分をブーストできなくなった瞬間に終わる可能性が高いので、仲間を作りましょう。

今日はこんなところで。また来週。

かそりん

かそりん

趣味はマジック:ザ・ギャザリングと小説。好きなアニメはプリパラとマイリトルポニー。福島県から東京都に引っ越しました。
かそりん