詩について

初めまして、リバーと申します。
この度、新しくMOGAKUに参加させて頂くことになりました。
昔はmixiでロックンロールやロマンチックの文章化を試みたりして、友達を減らすみたいな趣味があったのですが、どうも最近は会社への反省文以外で文章を書くという行為から疎遠になっていまして、多少緊張している次第でございます。



【本文】
自分の理想とする空間、人間、愛。ここではない素敵な何か。そんなものをお手軽になんとかして創造しようと考えたら”詩”というフォーマットに行き着くのは、凄く安易で必然的だと感じます。だからこそ、黒歴史の代表格としてポエムというのが嘲笑だらけの世界で淡く白く重く君臨し、身の程知らずな理想を創造しようとした数多くの人間に対して、深くエグい罪を着せていくわけです。私ももちろんその一人でした。

一度、詩という罪、所謂、【詩罪】というものを背負ってしまった人間の末路というのは考えたくないくらいの苦しみで満ちています。まぁ、別に私は特筆すべき苦しいこととか特にないですけど、多分、一度でも詩を書いた人は呪詛のようにその詩が頭の中に流れ続けるみたいな人生を歩んでいると思います。

そんな詩罪なわけですが、そういった罪を消化、あるいは月並みに昇華させる方法として、自分でネタにするというのは、よく使われる有効な手段だと思います。詩を書いてた自分というのを嘲笑していた立場に自分を置くことで「昔はこんな恥ずかしい奴だったけど、今は全うで良識を持った大人の人間です」と周囲にアピールするわけです。非常にクレバーではありますし、私自身そういう立場を取ることが多かったのですが、なんか最近、そういうの面白くないなと感じてきました。結局、それって自分が当時描いた理想を無理矢理、形だけで否定してるだけなんですよね。もっと「これが!俺の好きな世界です!!どう!いいしょ!??!!?」みたいに突っ切るくらいあった方が個人的には大好きなんですよね。
そこで、昔の自分の詩を読んで存分に評価して昇華して唱歌しようと思います。

私が大学生の時にホームしていたmixiコミュ”詩を書く人”を5年くらい遡って、当時書いていた詩を一つ発掘してきました。

以下、詩
「オレンジとグリーンの歪な世界 」

あなたがオレンジに染まるころ

わたしはグリーンに染まってた

あなたはいつも一歩遅いの

わたしはいつも一歩早いの

先に、わたしがあなたを好きになって

後に、あなたがわたしを好きになった

先に、わたしがイって

後に、あなたがイった

あなたは流行遅れで鈍感

わたしの色が変わったことに

気づいてないの

もうオレンジはわたしに

似合わないの

グリーンを着させて

オレンジはあなたに脱がさせるべきだった

そうしたほうが

切れがいいもの

以下、評
はっきり言って、天才と呼んでも差し支えないのではないでしょうか。ここまでの才能を自分が有していたという事実に感嘆します。対比を交えたトラディショナルな詩の手法に沿って、女性視点の恋愛に対する思考、空しさや寂しさを感じさせながらも明日には普通に仕事して普通のご飯食べているようなドライさ、もしくは強さ。江國香織の影響が伺えますね。これを当時、童貞の私が書いたと考えるとその才覚に、ただただ嫉妬するばかりです。分かれた彼との思い出を綴り、盛り上がってきたところで「切れがいいもの」の一言でばっさり捨ててしまう感じたまらないですね。褒めても褒めても褒めきれないくらいの徹底した美学。詩があまり評価されない時代に生まれてしまったのは、世界の損失と言ったところでしょうか。

と、やっぱりネットに毒されすぎたのか、どうしても冗談めかした感じになりましたが、このMOGAKUでは昔、自分が持っていたようなネタとかではない真摯でロマンチックな現代社会に適合しない文章を書いていければなぁと思っております。よろしくお願いします。

スクリーンショット 2015-06-10 23.28.31

リバー

リバー

POPULAR MUSIC DJ
リバー

Latest posts by リバー (see all)