創造性=ナイフ×爆弾×ガムテープ!映画「チャッピー」感想 ※ネタバレ多数


こんばんは。水曜夜のかそりんです。6/5のFNMは8人中2位で逞しい霜歩き君がもらえたので次のFNMまではゴキゲンです。
で、その日の朝に映画「チャッピー」を見てきました。今日はそれの感想です。話の核心に触れていますのでまだ見てない方はネタバレにご注意ください。

きたいのアイドル、チャッピーはヨハネスブルグ・ギャングスタコーデでエントリー!左腕とアンテナにはオレンジ色のワンポイント♪胸元に輝く金色のチェーンと全身の白いペイントで、クールアンドタフなパフォーマンスができちゃうわね☆

いきなりかそりんの好みの話で申し訳ないんですが、僕はロボットとか動物とか、人間じゃないものが人間とコミュニケーションをとって自分を犠牲にする(あるいはそのぐらいの関係になる)お話がものすごく好きです。作品名をいくつか挙げましょう。「ドラえもん のび太の海底鬼岩城」「アイアン・ジャイアント」「翠星のガルガンティア」「ベイマックス」まあよくあるお話のパターンですし、僕が見たことのないものもたくさんあると思います。

チャッピーもまあそういう要素はあるだろうなー楽しみだなーと思いながら見始めたんですが、チャッピーとのコミュニケーションはちょっと違うんですね。初めて見る人間たちにびっくりして物陰に隠れるチャッピー、ディオンの腕時計に興味を示すチャッピー、ヨーランディの言葉をくり返して自身と他者の区別を知るチャッピー、音のなるオモチャのチキンに喜ぶチャッピー…どちらかと言えば「おおかみこどもの雨と雪」の後半の子育てでしょうか。狼男との子供を育てるために最強の子育てサイボーグと化した花とチャッピーのためなら暴力的なギャング(コワイ!)のアジトへ拳銃を持ってカチコミに行くディオンの姿は同じ子供を持つ親のパワーを感じました。

ヨーランディ、チャッピーの母

僕は安いインターネットスラングも大好きなので、ヨーランディについては一言、「バブみ」でまとめたいです。鳥が卵から孵って最初に見たものを親鳥だと思う「刷り込み」がありますが、チャッピーが目覚めた瞬間に立ち会っていたのはディオン、アメリカ、ヨーランディの3人でしたね。たしか。目覚めた直後に怯えて物陰に隠れたチャッピーに優しく「おいで」と声をかけ、チャッピーが初めて自分から手を触れたのがヨーランディでした。まあヨーランディの髪型も南国の鳥っぽいですし。母鳥。
ヨーランディがチャッピーを溺愛する理由の説明が足りないんじゃない?的な話もありますが、ニンジャとかいうクソ人間と常にドヤ顔っぽいアメリカと一緒に殺伐とした犯罪稼業で暮らしていたところにあんな愛らしい挙動のチャッピーが現れたらそりゃ可愛がるんじゃないでしょうか。ニンジャとアメリカについてもチャッピーにはある意味での「かわいがり」をカマしていましたし。あとこの映画は随所にキリスト教というか聖書モチーフっぽいところがあるので、そういう意味でもヨーランディがチャッピーを守るのは必然ですね。偉そうな書き方になりましたが実際は聖書をきちんと読んでいるわけではないので間違ってたら教えて下さい。

ニンジャ、チャッピーの育ての親

ニンジャはまあクズでしたね。優しさのかけらもありませんでした。それでもチャッピーの父親です。ニンジャの言動を好意的に解釈すれば、チャッピーの行動力、意志の力を育てたと言えると思います。自分のタイムリミットを認識しても犯罪はダメだと協力を拒むチャッピーに対してニンジャは死んだ犬と生きてる犬のどっちがいいかと問います。もちろんこれもニンジャがチャッピーを金稼ぎに利用するための口車なのですが、同時にそれはヨハネスブルグの最悪な治安の中でしぶとく生き残ってきたニンジャの経験に基づく信条でもあります。ディオンとヨーランディはチャッピーに世界の良い部分、きれいで優しい部分を教えましたが、ニンジャはその裏側にある厳しい世界を教えた立派な父親でした。チャッピーがヨハネスブルグで一番クールでタフなギャングスタになったのはニンジャのおかげです。
Twitterではニンジャの過去が気になるという発言も見られました。ブロ兄(ニール・ブロムカンプ監督のことです。マイリトルポニーフリークのことではありません)はキャラクターの掘り下げにあまり尺を割かない傾向がありまして、ニンジャについても作中で明示されている情報からの人物評としてはヨハネスブルグのチンピラAというほかありません。でも、ある程度はニンジャの過去について想像できますよね。チャッピーへの教育は最初から銃の撃ち方というハードな内容でしたが、ヨハネスブルグの日陰で生きる者にとっては義務教育みたいなもの(おそらく)ですよね。銃の撃ち方、自分を強く見せるギャングスタの振る舞い、そういうツボをおさえたティーチングは、過去にニンジャの近くでそれができなかったために死んだ誰かがいたがための、ニンジャなりの罪滅ぼしなんじゃないかな~とか考えたりもします。強引ですけど。「死んだ犬と生きてる犬」の例えも、目の前に犬がいたからといってさらりとあんな発言が出てくるほどニンジャは思慮深い人間ではないはずです。死と生が常に隣り合わせの日々の中で誰かを失った経験があるのではないかと…そういうおセンチな想像が僕の中では一大勢力です。そういうところを踏まえてムースの前に立ちはだかるニンジャの姿を思い出すともうメッチャ泣きました!せーの、\ニンジャ最高~!/

ディオン、チャッピーの生みの親

「創造性」を一番大事にするディオンの教えについて。序盤は絵を描いたり人形を作ったりする程度の話でしたが、終盤に向かうにつれて様々な箇所でチャッピーの行動にあらわれていました。僕は良い戦闘シーンで泣く癖がありまして(パシフィック・リムは最初の戦闘からドバドバ泣いていた)特に今作ではムースの襲撃時に爆弾とナイフをガムテープでグルグル巻きにするだけのシーンで何かがこみ上げてきてポロポロ泣いていました。本当に爆弾とナイフをテープで巻くだけなんですけど、自分や家族の命と創造性を奪う敵に対して、誰かに聞いたやり方でもなくチャッピー自身が自らの創造性で対抗するという姿勢を無言で表明するというシーンだと、僕は思っています。ま~た敵の中心に爆弾を持って突っ込むタイプの映画かよオイという一歩引いた感想もまあ劇場を出てからはありましたが、見ている途中のEMOが最高だったので万事OKとします。その創造性でもって自分と家族を救うチャッピーは本当に輝いていて、親になったこともないのに勝手に親心っぽいものをおぼえてしまいました。

語られていないこと

ちょっと話が変わります。チャッピーはヨーランディやディオンやチャッピー自身の意識をデジタルな形で転送していました。他はともかく、少なくともヨーランディの意識がデータとして保存されている状態でヨーランディ本人も同時に生きていたのは明らかです。なのでチャッピーは人間の人格をメチャ強ロボット戦士の肉体に転送することはもちろんですが、人間の人格のコピーを作ってそれを複数のロボットで同時に稼働させることもできるかもしれません。
チャッピーが「創造性」をどう捉えるかによって、今作で語られた後のことが大きく変わっていきます。その一端は冒頭のインタビューのシーン、すなわち18ヶ月後の世界で何が起こっているかを語る学者によって示されていますが、詳細には語られていません。ブロムカンプ監督は士郎正宗の作品に強く影響を受けているらしいので、無制限に人格のコピーができたりはしないと思うんですよね。肉体が機械になっても、どこか神秘的な部分(魂、ゴーストとか)を残すのではないでしょうか。だとしたらチャッピーがPS4を使ってグラフィカルに示したあのヨーランディの光はいったいなんなのか。チャッピーがあのラストから、いったいどんなことを考えて生きていくのかと、そんなふうに僕自身の「創造性」を刺激してくれるとても良い映画でした。

サンデーGXで連載してるチャッピーが読みたい

全然関係ない話です。

ニンジャは2コマで死にそうだしヨーランディはメチャメチャ強そうだしディオンは意外としぶとそうだしチャッピーはヴィンセントの顔面をグチャグチャにしそうだし毎話完結でヨハネスブルグを舞台にゲストキャラが持ち込む騒動をチャッピーがどうにか解決して生き残ってヨーランディが毎回ラストで新しい体になる死に芸でキャラ立てするクライムストーリーが展開していきそうだし。していきそうか?

またまとまりのない感じになったので今日はこの辺で。また来週。

かそりん

かそりん

趣味はマジック:ザ・ギャザリングと小説。好きなアニメはプリパラとマイリトルポニー。福島県から東京都に引っ越しました。
かそりん

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