新美南吉「おじいさんのランプ」に見るEMO絨毯爆撃と『辞め』の美学

土曜日担当!?

土曜日担当とは一体なんだったのか・・・俺はいつも月曜の深夜あたりに記事を書いている気がするが・・・本当は火曜担当なのでは・・・

というわけで脳に記憶障害を残したまま今週もなんとかやっていこうという、そういうことです。

本日は僕の中で「子供のころNHKの人形劇だったか影絵劇だったかでたまたま見て、なんとなく概要が頭に残っていた話を大人になって最近ちゃんと読んでみたらやっぱりめちゃくちゃ深イイ話だったんじゃねえの!?」カテゴリナンバーワンでおなじみの、新美南吉 著「おじいさんのランプ」を紹介したいと思います。(「おぢいさんのランプ」表記もあるみたいですが、尊敬する青空文庫さんに準拠します。)

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このお話は、一人のおじいさんが孫に自分の語って聞かせる形式で半生を描いているのですが、コレがなんというか、、、サイコウ。最高の話なんだよなあ・・・

ストーリーを簡単にお伝えすると、

明治時代、田舎の百姓の出の少年が当時最新鋭だったランプに出会い惚れ込み、ランプ商として駆け出します。そこから青年になるころにはいっぱしの商人として成長するのですが、時代が移り代わり、電気の普及によりランプは一気に過去の産物として地位を追いやられ・・・

という、コレだけ見てもかなーり面白そうなお話なので、ぜひいったん本編を読んでいただきたい。
本編はここでタダで読めます!青空文庫は最高だぜ!


はい、本編を読んだところで、この作品の魅力についてツラツラ語るモードに入ります。

まず、この新美南吉氏、かの有名な「ごんぎつね」の作者として知られ、国語教育界のレジェンドと呼んでいい経歴の持ち主ですね。なので、このテーマのチョイス、起承転結の理路整然さ、端々の描写の躍動感がとてもすばらしい文章に仕上がっております。
しかし、ここまで聞いて

「ごんぎつねぇ?どうせそのなんたらのランプも国語の教科書みたいなまじダリー話じゃねえの?」

とお思いになるパンクスの若者たちも多いと思います。

が!この「おじいさんのランプ」に関して言えば、その認識はまったく当てはまらず、
ただただひたすらにEMOの洪水、激情系ハードコア的な短編と言えます。
また、お話の主題として「ビジネス」を扱っており、なんとなくマッチョでデキル大人が好きそうな話でもあります。
箇条書き大好き人間なのでまた要素を書き出していきましょう。
なるべくネタバレしないように・・・

エモポイント①
『人生の希望を手にした人間の万能感がエモい』

時は明治!百姓のせがれだった主人公巳之助!彼が一山当ててえ・・・一山当てえ・・・と野心を燃やしているさなか、ひょんなことから当時最新技術だったランプと出会い、いきなり商人デビューをかまします。一躍やり手ビジネスマンになり、時代の先駆者として一攫千金(まではいかないけど)のリアルマネーを手にするきっかけとなったその、『ランプとの出会い』がバリバリのエモーショナルな文体で描かれていて超絶ドラマチック。
これがまた後の話の展開にも繋がってくるわけで、これでもか!とキラキラな希望の描写。多幸感。人生賛歌。そんな展開が訪れて、とっても入り込みやすい序盤になっております。

エモポイント②
『そんな人生の絶頂を叩き落す時代の流れの悲壮感がヤバいエモ』

とにかくビジネスがうまくいって、店も持ち、嫁ももらい、このままやっていけば俺の人生安泰だ・・・勝った・・・ と!思わせておいて、時代の移り代わりにより電気の普及でランプが一気に廃れてしまう。もちろんランプより電気のほうが明るくて便利で安全。断然優れているのは専門家だからこそ身にしみるほどわかってしまう。しかし、彼にとってランプはただの食い扶持としてだけでなく、人生を変えてくれた、心から愛していたものであり、青春そのもの。それが一気に廃れ、世間から忘れられてしまうという、そんな物悲しさの描写がやはり国語界が認めた丁寧な文体で綴られます。悲劇。哀愁。レ・ミゼラブルな中盤があります。

エモポイント③
『骨肉に突き刺さり痛感するリアルな気付きのエモ』

あー、もうここから俺がめっちゃ好きすぎる展開なのでもうあらすじをそのまま語ってエモくしていきます!まだ本編読んでないやつは今から読め!

「ランプの時代はまだ終わっちゃねえ!いや、俺が終わらせねえ!」
前段のあまりの悲しさと危機感からパニックになった辰之助はついに発狂。村の電気推進派の家に放火(!)を企てます。
この唐突な犯罪路線描写もやはり若者ウケ間違いなしの躍動感がありますネ!

しかし、その日たまたま放火用に持ってきていたのはマッチではなく古い火付け石だった。でも火付け石は気温や湿度に左右されやすく、なかなかうまくいかない。早く火を付けなきゃクソヤローの家は燃えないし誰か来ちゃう!そこでつい巳之助はつぶやいてしまうワケです

「古いものは役に立たねえ!」

ハッとする辰之助。

そう、この火付け石と同じように、古いものは不便で、日々技術の進歩で新しいものへと入れ替わっていく。道具がより便利なものに移っていくのは人々の暮らしのため。
電気の世の中になってランプはこれからの時代にそぐわない不要なものであるということに、気付かないようにしていた当たり前のことに、自らの行いから痛烈なまでに気付いてしまった!
この部分の急転直下のエモ!やばい!
子供のころこの部分がとにかく頭から離れなかった!改めてすごい話だこれは!

エモポイント④
『自分流儀式と共に決別する「辞め」の美学のエモ』

劇的な気付きを得た辰之助はソッコーでランプからの卒業を決意。
その辞め方は、在庫に持っていた50個のランプを木に吊るして並べ、いっせいに明かりを灯し、数メートル離れたところから

「俺の商売の辞め方はこれだ!」
「世の中は進んだ!電気の時世になった!」

などと叫びながら石を投げブチ割るという完全に当人にしか分からない俺流儀式。自分ミサ。
しかも3つまで割ったところで感極まって泣いちゃって狙いが定められなくなり、あっけなく終了。
残りのランプをそのままにして、ランプ稼業からすっぱり足を洗うのであった。完。

もし傍観者がいたとしたら完全に奇行にしか見えない。いや、でもそれでいいんだ。
なにせ巳之助はその稼業をすっぱり辞めた。たとえば廃品ランプリサイクル業者に回るでもなく。完全に他業種に移行した。
その潔さに美学がある。

ちなみに、後に孫にも突っ込まれる「たとえ電気が普及したとしても山奥の村なんだし転換初期なら50個の在庫なんてハケるっしょ何で売らなかったの?」(すげーいやなこと言う孫だな)という部分には

「それが俺の商売の辞め方だ」

の一点張り。この人たぶん数十年こればっかり言ってるよ。かっこいい。イカスよじーさん。


結論

そんなわけでおじいさんのランプ、おじラン、とってもエモだ。
僕が好きな「辞め」「諦め」「逃げ」の美学がこの話には詰まってる。

逃げること、負けることにも美学を持てば勝ちも同然だ。
そして二度と触れるな。振り返るな。
それが辞め道、辞めの美学。

ちなみに!巳之助はランプ屋を辞めて本屋になる。
中盤に「ランプの明るさで家の中で字が見えるようになった」と売り込むため、勉強して自分でも文字が読めるようになったからだ。
つまり、巳之助があの日出会ったランプの灯は、時が経っても、形が変わっても、物質から離れても、いつまでも体の中に生き続けて消えることがなかった。



EMOい!!!!

そんな話でした。

次はちゃんと締め切りをまもります・・・
おぉ


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