江戸の終わりの動乱を一般市民の視点から描く『必殺からくり人 血風編』 

当たり前だが、史実を描いた時代劇はもう結末が決まっている。
というよりは、戦国時代でも幕末でも、ドラマティックな時代を描いた時代劇は、ストーリーの主軸を担う登場人物がほとんどが史実の人物なので結末が分かってしまうのである。

織田信長は本能寺で燃えて死ぬし、坂本龍馬は京都で暗殺される。
忠臣蔵の四十七士は吉良上野介を討ち取ったあと切腹するし、池田屋で大あばれした新選組はやがて崩壊する。
佐々木小次郎は宮本武蔵に敗れるし、泣いても笑っても黒船はやってくる。
やがて徳川幕府は終了して明治が始まる。近代化万歳。以下、日清日露第一次第二次の戦争に続く……。

これらの知識は皆に備わっているはずだ。

「いや~、福山雅治の龍馬伝の最終回みてびっくりしちゃったよ~。だって龍馬が死んじゃうんだもん! ねえ、この展開、予想できた?」

なんて人は、まずいないだろう。


今回紹介する『必殺からくり人 血風編』(’76放映)はまさに元号が明治に変わる1868年を舞台にした、必殺シリーズで最も現代に近い作品である。
そんな激動の時代を舞台にしているにも関わらず、あえて実在の人物を主要人物として登場させていない。
物語を作る登場人物が架空の人たち=歴史を動かしていない名もなき人々なのだ。
したがって、かれらが劇中どう動くのか、どういう結末を迎えるのか、全く想像がつかない。

 

9uubyvuivuivuivbui戦乱も起きているし、今までの体制は崩れていく。時代も急激に変わっていく。でも、そのムーブメントの中心にかれらはいないし、歴史を変えることもできない。

ただただ歴史の波に流されもがく小市民の姿が描かれている。
そこに、ほかの時代劇では見られないようなドラマ、あえて言うなら無秩序の中で人情を守るための最終手段として人を殺すカタルシスが存在しているのである。

 


・作品製作の経緯「そもそも“血風編”ってなに?」

タイトルに血風編とついているのだから、からくり人とかいうシリーズの続編なのだろうな、と思うのがふつうであるが、血風編は前作と一切関係ない。
「からくり人が終わったら、またからくり人が始まった!」
『必殺からくり人』(’76)が終わった翌週には『必殺からくり人 血風編』が始まったので視聴者は大いに混乱しただろう。

ではいったい血風編とはなんなのか?
ここにも詳しく書いてあるがズバリ、突貫工事で作られた穴埋めの作品である。

 

DVDBOXのブックレットにも書かれているが、『必殺からくり人』の後番組になるはずだった『新必殺仕置人』に出演する山崎努のスケジュールを一年分抑えていたにもかかわらず、共演者が出演NGを出したのでもともとの企画が製作延期になったのだ。
しかし、主演俳優の山崎努の一年分のスケジュールを取っていた手前、そして放送スケジュールに穴をあけるわけにもいかないので、山崎努主演の作品を一本作ることになったのだ。
『必殺からくり人血風編』の放送が終わった翌週の『新必殺仕置人』で、また山崎努が出てくるという変な状態になってしまった。

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登場する殺し屋を演じるのは左より 浜畑賢吉、山崎努、草笛光子、ピーター、吉田日出子

浜畑賢吉は必殺シリーズのゲストとしては2回の出演の経験あり。今回はレギュラーでの出演だ。
『必殺仕業人』の最終回では印象的な役をもらい、カメラテストも万全といったところか。


・舞台はあえての品川

この『必殺からくり人 血風編』は時代背景が特殊であることは先ほども述べたが、物語の場所も変わっている。江戸の中ではなく品川なのだ。
「品川も江戸じゃないの?」と思う方もいるだろうが、品川は江戸ではない。江戸は思ったよりも狭い。品川は東海道の宿場町であり、江戸より西国の玄関口として機能していた。港もあるので交易、交通、売春の街と言ったところか。
江戸ではなく品川が舞台のTV時代劇は非常に珍しい。

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幕末の品川宿が舞台と言えば『浮浪雲』だが、まだ原作漫画の連載が続いている。これはサザエさん時空の作品なのでさして緊迫感のある作品ではない。ビートたけし版もあるので、再放送が望まれる


・1868年ってどんな年?

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実際の薩摩の兵士。髷と学ラン(そもそも学ランはオランダの軍服)に身を包んだ和洋折衷スタイル

物語は1868年、慶応四年の1月から始まる。

ざっくり状況を解説すると、幕府が京都での戦いに負けて、将軍が江戸に敗走し、新政府軍が江戸への進軍を決まったのが一月だ。

品川は江戸の一歩手前の最後の砦として軍備が増強されつつあった。

なお、江戸総攻撃が回避され無血開城したのは4月。
新政府に抵抗した徳川シンパの彰義隊が上野に立てこもって新政府軍と戦ったのが5月(実質の江戸での最後の戦い。戦いは一方的で、彰義隊が負ける)。
元号が明治に変わるのはこの年の9月だ。
この物語は江戸時代が終わっていく1868年の1月から5月までの約4ヵ月間を描く。


・異常なシチュエーションが作品にもたらしたもの

さて、1868年の品川を舞台にしたことで作品がどうなったか?
他の時代劇ではありえないほど異常なシチュエーションが重なり、この世の終わりのような無法地帯になっている。

klbiouybuiybvuivui「アッ、こいつはおれの幼馴染だ。死んでらあ。ひっでーことしやがるなあ」

なんとなく主人公一行が船を漕いでいると川には死体が浮かんでいたりする。さして驚く様子もない。

iunhiphbuiobyuoybuioy「ねえ、“てんしさま”って徳川様よりも偉いんだろう? だってこんな騒ぎになっちまったんだから」
「“てんしさま”ってのがいるってあんた知ってた? あたしゃ全然知らなかった。そんな偉い人がいるなんて、なんで今までみんな知らなかったんだろうねえ……」
天皇のことなど知らなかった女郎たちの会話

作中の登場人物は通行人やエキストラ含めそのほとんどが、日本国内でなにが起きているのかよくわかっていない設定だ。

「なんか江戸に向かって敵が攻めてくるぞ! そのまえに品川がやられる! ヤバイヤバイ! どうしよう!?」
と、ええじゃないか踊りをおどったりしながらあわてふためくことしかできない。

ibuyvbuytvuytvuytv次々と配備される幕府軍の大砲。作中では常に緊迫したムードが漂い、品川の民は「うわあ、なんかすごいことになってるぞ」とぼんやり眺めるのみだ

通常の時代劇はエキストラ(通行人)がなんとなくのほほんと往来を歩いているだけだったりするが、今作中では時勢が時勢なので、常に異常事態が起きている。

したがって、ラフな地元民、行商人、旅人、売春婦、ぼろきれをまとった刑吏、洋服を着こんだマゲ頭の士官、大砲を運ぶ軍人などの多種多様な人びとが所狭しと画面を埋め尽くし、うごめいている。

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幕府の兵隊の列を見守る通行人。「もしかしたら、当時は本当にこんな光景があったのかもしれない」と思わせるほど画面の密度がある

そんな通行人役の役者たちが怪訝な表情で騒動を覗き込んだり、慌てふためき走ったりと大忙しなものだから、ほかの作品ではみられないようなリアリティや異常な雰囲気がむんむんに充満している。もうすでに、このシチュエーションだけで面白い。

各エピソードの冒頭には「官軍は今このあたりまで進んでいる」とナレーションが入る。刻一刻と江戸の終わりが近づいていることがわかり、話数が進むほど品川住民は混乱し暴動を起こし始め、街から人がいなくなり、やがて討幕軍が到着する。
登場人物にコメディリリーフとして登場する「隊長さん」という幕府軍の士官がいる。
常に飲み屋にいて将棋を差すなどして過ごしている、のほほんとしたキャラクターだ。
大砲の轟音でおびえる民衆を「大丈夫、今のは大砲の訓練だから」などとなだめたりしていたが、やがて敗戦が決まると軽口をたたくこともなくなり、戦乱で延焼が起きることを危惧して品川の建物を破壊し始める。とうとう最終話では「隊長さん」も幕府軍も、品川からいなくなっている。

たまらなくさびしい。自分はこういったものが好きだ。

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ラストシーン。とうとう上野で戦争が始まった。煙は立ち上がり、轟音がこだまする。「まるでこの世の終わりみたい……」戦場を眺める主人公たちは、やがてどこへともなく去っていく。


・こんな狂った世の中で、主人公たちは何をするのか?

なにせ、オープニングナレーションが秀逸である。作品の趣旨が語られている。

さよならだけが人生か
それなら今日はなんなのさ
きのう勤皇 今日佐幕
きのうほんとで 今日はウソ
雨は降る降る血の雨が
人の情けは泥まみれ
あした天気になァれ
(作:早坂暁 語り:芥川隆行)

世の中がめちゃくちゃになってみなが人情を忘れている時だからこそ、泣きを見ている人のために殺人稼業や人助けを行うのが主人公・からくり人たちのスタンスである。依頼があり、お金をもらって殺しを行うのが従来の必殺シリーズだが、今作ではその要素が薄い。善意に従って行動する。

uiygbvuioyvbuiyvuiyvuiそしてなにより、主人公、土左ヱ門(山崎努)のキャラクター性が特異である。
武器はウィンチェスターライフルやリボルバー銃。相手が絶命しても、弾倉の弾を撃ち尽くすまで無表情で死体を撃ち続ける。死体に「もっと早く死ねばよかったんだ」と言葉を投げかける過激な人物だ。

土左ヱ門は偽名であり、最後まで本名が明かされることはない。彼は薩摩のスパイとしての密命を帯びて、新式の銃器とともに品川に入り、隠れ蓑としてからくり人に潜り込んだのだが
「なんかもう世の中めちゃくちゃだな。自軍も敵軍もおかしくなってどっちが正しいとかもうないし、命令されて人殺すのもむなしくなってきたからスパイやめますわ」
あっさりと、密命も、新政府高官のポストも捨ててしまうような男である。

「今はもう敵も味方もありませんよ。こころの清いやつがいちばんです」と語る彼には、旧幕府も新政府も、さむらいも町民も関係ない。殺人しか能のない彼は、人を踏みにじる悪党を殺していくことしかできないのだ。

主人公、からくり人たちのヒューマニズムが最もあらわれているのが5話「死へ走る兄弟の紅い情念」だ。

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あらすじ

攘夷志士の佐久紺次郎は、駐留米国人の愛人として売られた恋人・お香を奪い返そうとして失敗。晒し者にされたのち、処刑されることが決まった。
そんな折、主人公たちからくり人の元締め・おりく(草笛光子)のかつての許嫁であり、紺次郎の兄・洋三が京都から品川に帰ってくる。
洋三は弟・紺次郎の処刑を見届けてから、新政府軍との最後の戦いに出て死ぬつもりであった。雪の降る中、寄り添う兄弟の姿は荒んだ人々の心を惹きつけ、やがて幕府と外国人への不満を抱いた民衆は暴動を起こし始める。
暴動をおさめるために、幕府は紺次郎の処刑日を早めることにした。
からくり人たちは大いに悩んだ末、誰に依頼されたわけでもないが自発的に、処刑される紺次郎を救出するために動き出した。

脚本の密度が非常に高く、必殺シリーズでも指折りの名エピソードだ。
「この題材で映画が一本撮れるんじゃないか」と思ってしまう。

だれもかれもがめちゃくちゃな世の中で、何をしたらいいのかわからなくなっていた。からくり人の元締め・おりくも、紺次郎の兄・洋三もそうだった。
紺次郎の処刑を目前にして誰も何もできないでいた。

「自分の生き方に確信が持てないまま、まわりの動きについていくだけでした」

かつての許嫁どうし、洋三とおりくは語りあう。
幕府のために戦うために許嫁のおりくさえも捨て、京都に向かったが、組織のトップが真逆である討幕の思想に傾いて行った。次第に洋三自身も討幕の思想に同調していく。
やがてなにが正しいのかわからなくなった洋三は、もう一度初心に立ち返って戦おうとしている、と。

iuygbuioyvuivuiv「くじけちゃいけねえよ。きっといいことがあるさ。誰だってみんな、あんたを助けたがってるんだからさ」
晒し者になっている紺次郎に、ピーター演じる新之助が優しく語りかける。

かくて、自分の正しいと思ったことに忠実でありたいと吹っ切れたからくり人一同は、紺次郎を移送する行列を襲撃する。
清らかな人を守り、自身もまた清らかでありたいと願う殺し屋たちの叫びがウィンチェスターライフルの炸裂音に乗って、品川の街に響くのであった。

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・おわりに

浅香光代演じる年増の娼婦で脱童貞を果たした幕府軍の青年が、浅香光代に
「戦争怖いよ、一緒に死のう、光代! 僕が先に飛び込むから」と告げて川に飛び込むも、一人残った浅香光代は「寒いからやめた」と川に飛び込むのをやめて青年の有り金を奪って家に帰ってしまう話や

「もう幕府おわったな~、戦艦持ってるから戦えって上司に言われるけどもうやだなー」と思っている幕府海軍の士官が五千両持ち逃げして上海に高跳びしようとする話や

「もう戦いは決着ついたけど、新政府樹立の時に目立ちたいから江戸っ子狩りでもするかぁ~」と品川で無差別殺人をする新政府軍の大将が出てくる話など、狂った話が多い。

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「よーし、明日は新式ピストルで江戸っ子の頭をかち割るぞ!」とやる気十分なラスボス

正直、全話のレビューを書きたいところだが、きりがないのでこのあたりでとどめておく。
土左ヱ門(山崎努)、直次郎(浜畑賢吉)、おりく(草笛光子)の三角関係が、時代に流され立場が変わってしまう恐れとまじり、感情が爆発する瞬間も見逃せない。

DVDBOXは正直高いが、買って損はない。
が、購入は敷居が高いと思うので再放送をする時があったらぜひ視聴してほしい。

 

火曜担当 サクセス本田

サクセス本田とフィーバー吉崎

サクセス本田とフィーバー吉崎

・火曜日担当
時代劇が大好きな無職のサクセス本田。
都内を徘徊する無職のフィーバー吉崎。
二人で一つ。
藤子不二雄のような共同アカウントです。
サクセス本田とフィーバー吉崎

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