男はタクシーに乗れ! タクシーの運転手と話せ!

zainich2_130315仕事がつらかったとき、タクシーの運転手と話すことだけが楽しみだった。

小学校、中学校、高校に通っていた時なんかは「センセイは人格者で社会のことを知っていて、頼りになる人物だ」とボンヤリ思っていたが、教師というものは学校以外のところで働いた経験がなかったりして、あんがい大したことはなかったりする。

タクシー運転手の社会経験は学校のセンセイの比じゃない。

最初からタクシーの運転手をなりわいにした人なんてめったにいない。
みな、もとは違う仕事をしていたけれど、何かしらの事情でタクシー運転手に転職している。

社会に出て本当につらいときに、頼りになるのはタクシーの運転手なんじゃないかなとすら思っている。

何せ、運転手はそんじょそこらの人よりも物を見て、多くの人に会っている。

今までに乗せた人間という膨大なデータベースの中から、今乗せている客に適合した話を持ってくる。これは熟練の技である。

梁石日(ヤン・ソギル)という元タクシー運転手の作家がいる。氏の『タクシー狂躁曲』を下敷きに、この『月はどっちに出ている』は作られた。これを観て、また、氏の一連のタクシー運転手ノンフィクション小説を読んでタクシー運転手への「こいつらはただ者じゃないぞ」というあこがれにも似た思いは募っていった。

そして実際にタクシー運転手と話してみて「ただ者じゃないぞ」という推測は確信に変わった。

私の仕事は激務だった。上司の「心臓が痛くなったら休んで。前に過労死した人は心臓が痛いって言い出したから」という一言が忘れられない。仕事をいつ辞めるか、それだけしか考えられなかった。

そんなある日、タクシーの運転手に「この言葉を言ったらどう返すのかな」と思いつき、思い切って口に出してみた。

「運転手さん。今日ね、仕事辞めるって、上司に言おうと思うんですよ」

これを聞いたタクシーの運転手は「いやなことがあったんですか」などとは聞かない。
「がんばって仕事を続けろ」とも「そんな仕事辞めたほうがいい」とも言わない。
否定とも肯定ともつかない、タクシー運転手の身に起きた事を「こんな人生もあるよ」と淡々と話し始める。

これが酸いも甘いも知った大人の男として、実にいい語りをしてくれるのである。

心に残った4人のタクシー運転手の語りを、ここに記す。

●俺もつらいことあったけど大丈夫だよ!

「……仕事を辞めてからクリーニング屋をやっていたんですね。アニキが経営してたクリーニング屋です。そのうちアニキはクリーニング屋をもう一店舗出して、その店に別に店長を雇って経営者としてやり始めたんです。

それでワタシは相変わらず店長として店舗でアイロンかけたりなんなりやるんですよ。そしたら鼻のガンになったんですね、ワタシ。揮発だとか、蒸発だとかする洗剤なんかを嗅いでたからガンになったんですね。治療もあるし、クリーニング屋はアニキに任せました。

ああ、もうガンは治りました。完治です。

『お前さえよければまた店にいなくていいから戻ってこい』なんてアニキも気を遣って言ってくれますけどね。ガンになったのは自分のせいだって思ってるみたいで。

ガンになってなんか吹っ切れちゃったのかな。クリーニング屋に戻る気が起きなくなっちゃってタクシーの運転手になりました。 別にアニキを恨んじゃいません。全然そんな気はないんですけど、でも今のほうが気楽でいいかな、なんてね。そんなもんですよ」

人生、山あり谷ありである。ガンという大病を乗り越えハンドルを握る姿を見ると勇気が出る、気がする。なにか嫌なことが起きてもどうにかなる、そんな根拠のない自信が付いた。

●楽しいことはいっぱいある。ほら、窓の外を見てごらん

「この坂を下ってから右を見てください。ほら、ここにお寺があるでしょう。誰が眠っていると思います? 空手の大山倍達ですよ。お寺を見るのは楽しいですよ。

私なんかはね、週4日タクシーで働いて、結構暇なんですよ。もう年だし、あくせくしなくていいんで。それで空いた時間ができたんです。 私が住んでるところなんてね、ここから遠いんですよ。走って2時間ぐらいです。

そう、時間があるからランニングをはじめたんですよ。 走り始めてもう2年くらい経つけどね。最初のころなんかはそりゃ筋肉痛がひどくてね。でも慣れました。 自分だけの自由な時間ってのは何才になっても楽しいですよ。

東京なんて狭いもんですよ。2時間あればアレですよお客さん、東京中どこでも行けちゃいますよ。楽しいですよ。 江戸時代の人なんか2時間あればどこでも行けたっていうしね。そうそう、ここが江戸のはしっこだったんですよね。池波正太郎の小説なんかでよく出てきますね、この街は」

「楽しいよ!」と語る人を見ると「いいな、自分もやってみよう」などと思うものである。 いささか現実逃避的だが、これから無職になる男の心に希望が灯った。

●人間、得手不得手があるよ。自分の勝負できるところで戦おう

「息子がね、ソニ一で研究者やってるんですよ。研究者っていいもんでね。背広なんか着なくていいの。だから息子はジーパンで出社してる。 出社時間も自分の好きな時に行けばいいみたい。結果は出さなきゃいけないけどね。

息子はね、生まれつき心臓に穴が開いてた。こりゃあ、長生きできないかもなあ、なんて。でも体が弱いって知ってたから、そのつもりで育てたよね。 オレは金もなかったけど、無理して中学から私立に入れてね。結果的にそれがよかった。『お前は体が弱いから頭を使って勝負しろ』ってずっと言い聞かせて育てた。 息子も息子でそれが嫌になった時もあったみたいだよ。

でもね、大学出るころになると 『やっぱり自分のペースでできる仕事が、体に負担にならなくて自分に合ってる』って自分で気がついたんだなあ。 本当に楽しそうに新しい製品を開発してるよ。

息子もけっこう気が強くてね、勝負事とか好きなんだってさ。 もちろん実力がないと研究職はだめだからその毎日がスリルあっていいみたい。 今度、ゲーム機の新しいやつが出るけどね、ここだけの話、オレの息子が関わってんだ」

わっと自分の息子のことを話し出す運転手だが、ともすれば「息子自慢?」とも取れる。  しかし「肉体的にも精神的にも自分に合った仕事が一番」というのは真理であり、いつか自分も見つけたいものである。

●足立区の交通マナーはヤバい

「あのねえお客さん。足立区ってのはね、ひどいもんですよ。ちょっと車間距離が開くとね、すーっと他の車が入ってきちゃうんですよ。

交差点なんかはもう大変でね。のんびりしてたんじゃ右折する対向車に割り込まれちゃう。いつまで経っても進めなかったりして。

だからね、もうみんなケンカ腰ですよ。クラクション鳴らしたり、怒鳴ったりね。ハハハ……」

仕事を辞めると言い出した私の言葉をどう受け止めたらいいのかわからなかったのか、それともたんに睡眠が足りなかったのか。それは、運転手本人しかわからない。話を聞いている私も「そうですか」と相づちを打つのみである。

流れ流され東京砂漠、寒い世の中になってまいりました。

たまには大都会の吹きだまりで、ゆきずりの流れ者どうしが身を寄せ合ったっていいじゃありませんか。

サクセス本田

サクセス本田とフィーバー吉崎

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・火曜日担当
時代劇が大好きな無職のサクセス本田。
都内を徘徊する無職のフィーバー吉崎。
二人で一つ。
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