『山の音』の菊子が好きだ、という話

川端康成著『山の音』に登場する菊子が好きだ。そして菊子の喋る美しい日本語が好きだ。
どれくらい美しいかというと、あの齋藤孝氏も「菊子にはまりました」と言うほどだからただおれが気に入っているだけじゃないということは分かってもらえると思います。
もちろん作品自体も好きで、小説の再読というのはなかなかしない性質なのだけれど、この『山の音』と『イリヤの空、UFOの夏』だけは本当に何度も読み返しています。
『山の音』自体に対する言及でいうとそこは川端康成の作品なので様々なことがもう書かれているので引っ込んでおくところなので、菊子がどれくらい「良い」かということを今回の記事にします。

主人公である信吾は62歳、そして菊子は息子修一の嫁だ。菊子は信吾が若いころ憧れを抱いていた美しい女性(妻の保子の姉)に似た雰囲気があり、そのどこか充たされなかった思いが菊子に向けられているという、そんな信吾の心境とともに作品は進んでいく。つまり、ものすごく俗っぽく言ってしまえば、信吾は息子嫁の菊子にめちゃくちゃ萌えを感じているというわけです。そんな目線で、しかも川端康成の筆致とフェチズムを駆使して菊子を描写されちゃったら、そりゃ、おれだって萌えちゃうよなぁ。

“「公孫樹がまた芽を出してますわ。」
「菊子は今はじめて気がついたのか。」と信吾は言った。
「私はこのあいだから見ていた。」
「お父さまはいつも公孫樹の方を向いて、お坐りになってるんですもの。」
(中略)
「あら、困った。」と菊子は肩を動かした。
「これからは、お父さまの御覧になるものは、なんでも見ておくように気をつけますわ。」”

“「前々から考えていたことだが、菊子たちは別居してみる気はないかね。」
菊子は慎吾の顔を見て、後の言葉を待っていたが、訴えるような声で
「どうしてですの、お父さま。お姉さまがお帰りになってるからですか。」
「いや房子のことは関係がない。(中略)菊子は別居したほうが、よくはないの?」
「いいえ。私でしたら、お父さまにやさしくしていただいて、いっしょにいたいんですの。お父さまのそばを離れるのは、どんなに心細いかしれませんわ。」
「やさしいことを言ってくれるね。」
「あら。私がお父さまにあまえているんですもの。私は末っ子のあまったれで、実家でも父に可愛がられていたせいですか、お父さまといるのが、好きなんですわ。」”

“そして、新宿御苑で待ち合わせてはと、菊子は言った。
信吾は面くらって、つい笑い出した。
菊子はいい思いつきと考えているらしく、
「お父さまも、緑でせいせいなさいますわ。」
「新宿御苑は、いつか一度、どうかしたはずみで、犬の展覧会を見に行ったことがあるだけだね。」
「私も犬のつもりで、見にいらっしゃればよろしいわ。」と菊子が笑った後にも、レ・シルフィイドが聞えていた。”

菊子に、犬のつもりで見にいらっしゃればよろしいわ、なんて言われてみたいですね。
慎吾と菊子の会話はこんな風に、どこか甘い雰囲気をもって描かれることが多い。
息子の修一はどうも菊子のこのような幼さに満足していないようで、外に女を作っている。そのせいで信吾は自然と菊子との会話が多いし、どこか甘やかしてしまうところもある。
実の娘の房子には菊子ばかりかわいがって、と嫌味を言われる始末だ。しかし房子には「もしかしたら保子の姉のことが通して似たりしないだろうか」といった信吾の期待をまったく裏切ってしまうような不器量であることがたびたび言及されている(しかし体つきはいいともたびたび言及される。か、川端康成~)うえにしかも性格まで少し悪いとなるとそりゃ、菊子をかわいがるというのもわかろうというものでしょう。この房子の存在が、また一層菊子の存在を劇中で引き立てることにもなっています。

しかしこんな幼さの残るあまえ上手な菊子だけれど、修一の浮気を感じると、その嫉妬心なのか女としての本質なのか、「女が出来てから、修一と菊子との夫婦生活は急に進んで来たらしいのである。菊子のからだつきが変った。」とも描写されるように、きちんと女性としての評価も信吾の中にはある。さらに修一に愛人がいるから、という理由で子供を堕ろし反抗するという強い意志も見せる。
その一方で信吾と別居するのはさみしい、なんて言ってもみせる。うがった読みかたをしてしまえば「こいつぶりっこしてんじゃねえのか」とも言われかねないものだけど、そこは実際読んでみて判断してほしい。
作品中での菊子は可憐に描かれ、信吾の憧れを表現しながらも、それとは別の自立する一人の女性としての役割もあるように描かれており、この二つの面が合わさって、それが菊子の不思議な魅力として感じられるのです。

『山の音』の魅力はもちろん、菊子だけではなくその作品全体に漂うさみしさであり美しさなので、今回このような俗物っぽいピックアップのやりかたで良さが伝わるとは思わないけども、ちょっと興味だけでも出て読んでみようかな、と思っていただければ幸いです。読みにくい小説が苦手な自分がよく読むレベルなのでたぶんそうとう読みやすい文体と内容かな、と感じます。

見事にまとまりのない文になりましたね。ではまた。

tone

tone

主にアニメとゲームとオカルト関連の記事を書きます。
チャームポイントはとびきりのSmileです。よろしくお願いします。
tone

Tags:
No Responses