昭和20年のもがく少年

初めまして。金曜日担当のRY0といいます。アール、ワイで末尾はゼロです。シューティングゲーム、美少女ゲーム、ロボットアニメ、ガンプラ、HR/HM、映画、SF小説などを嗜んできましたが、近年は楽しむのが難しくなってきました。かといって私的なことを物語風に書くのも経験上あまりよくないので、MOGAKUでは思ったこと、感じたことを自分の言葉で素直に綴っていけたらなと思います。よろしくお願いしますね!


先日『かぐや姫の物語』を観て、その映像美に感嘆、高畑勲監督のフィルモグラフィーを順に見返していました。

というわけで、今回はテレビ放映でもお馴染みの『火垂るの墓』について。一般的には「かわいそうな兄妹の戦争の話、泣ける」とされ、「無能な兄が妹を餓死させる話」と断じられることもある本作ですが、注意して鑑賞していくと、監督の狙いはどうやら別のところにあるようです。

結論から言うと、清太は「家族」という幻想に囚われていて、現実検討能力が極端に低いのです。

まず清太というキャラクターですが、この少年は神戸の高級軍人(海軍大尉)の子で、お母さんも喋り方や所作、東京の出身であることなどから、おそらくは女学校を出ているような人でしょう。つまり比較的裕福な家庭の出身ということです。清太が「あの楽しかった夏の日」として回想する、「清太さ~ん! せっちゃ~ん! おいでぇ~! おなかすいたやろ。カルピスも、冷えてるよ~」のシーンにもそんな描写がありますね。

それならもう少ししっかりしていてもよさそうなものですが、冒頭の空襲(ここでお母さんが重体になり、後に死亡)のあと、避難先の小学校で近所の人に「うちら2階の教室やねん。みんな居てるから来えへん?」と誘われるも、「すみません。僕ら、あとでいきますさかい」という具合で初っ端からこれを拒否。

親戚のおばさんの家に居候することになっても、毎日毎日節子と遊ぶばかりで、本当に何もしない。「学校も動員で行っていた神戸製鉄も焼けてしまったから」というのを理由にしてはいるものの、旧制なのでこの時代の中学生はエリートです。建物が焼失したからといって関係者が全員死んだわけでもないだろうし、製鉄所の大人や学校の先生、学友などに今後のことを相談してもよさそうなものですが。

そんな調子で過ごしているうちに、ついに親戚のおばさんに怒られる。でも「手紙を書いてお母さんの実家にお世話になったらどうだ」と言われれば「せやかて住所わからん」で何もしない(調べようともしない)。「食事はうちとおまえら兄妹で別々にする」と言われれば親の遺産で七輪と土鍋を買ってきて庭で煮炊きを始める(皿は洗わない)。

「親の遺産」についてですが、「お母ちゃん銀行に七千円も貯金しとったんや! 七千円やで! あんだけあったらなんとでもやってけるわ」というシーンがあります。ちなみに当時の七千円は今のお金で1000万円。文字通りなんとでもやっていけるというか、どう使ってもなくなりそうもないような大金ですね。

怒ったおばさんに「横穴に住んどったらええのに!」と言われて本当に家を出て壕に住み始める清太と節子。社会的に孤立を深めていきますが、後半の畑泥棒や火事場泥棒は、清太の「そうするしかない」という思い込みでやっています。お金が尽きたから仕方なくそうするしかなかったのだと解釈している人もいますが、お金ならあるのです。決して尽きたわけではない。

現にいよいよ節子が死ぬ段になって、「うまいことかしわ(西日本方言で鶏肉のこと)も卵も買えたんやで」「ほらっスイカや。すごいやろ。盗んだんやないで」という具合で、あっさり食料を購入できています。「この時期は食料や物資がすべて配給制だったのでお金などいくらあっても役に立たなかった」という説については、正規の流通ではなかったかもしれないものの、買えないわけではなかったと考えるのが自然でしょう。

巡洋艦は沈んでしまったのに、お母さんは焼夷弾で焼け死んだのに、節子は衰弱しているのに、清太はずっと立派な父、優しい母、かわいい妹という幻想に囚われていて、絶対にその世界から出ようとしない。それ以外の他人とは関わろうとしないし、社会と関わるくらいなら違法な手段に走るのを選んでしまう。どんどん栄養失調になっていく節子。これはおかしい、なんとかしなければと思うものの、変えることができない。こだわっているのではなく、囚われているからです。

清太のこの幻想は節子の死という最悪の形で結末を迎え、自分もひと月後には三ノ宮駅のホームで無縁仏として野垂れ死ぬことに。

ラストで兄妹の幽霊と現代の神戸のビル群が写されますが、これは「現代の子供がこの時代を生きたらどうなるか」、つまり物質的に恵まれ、快不快を価値基準として人との繋がりをいとい、自分の世界に閉じこもってしまう、そんな人間はこうなっちゃうよというメッセージにもなっているんですね。

あとはだいたいこんなところですが、久しぶりに観たら破滅に向かっていく清太に妙に感情移入してしまいました。以下は引用です。

「人生のある時期をくり返し味わい返して生きるということは、非常に不幸なことだと思うんです。清太の幽霊を不幸といわずして、なにが不幸かということになると思います

嫌な映画と言えば嫌な映画ですが、「無能な兄が妹を餓死させる話」では切り捨てられない重みがありますね。あ、かぐや姫の物語はおすすめですよ。

それではまた来週!